多神教は一神教を超えられるか? ・・・ 38

 いまから約6000年前、チグリス・ユーフラテス流域からシナイ半島、そしてトルコのアナトリア高原を結ぶ、エデンの園のモデルといわれ、蜜と乳の流れる「肥沃の半月弧」は、今はすべて砂漠と荒れ地の拡がる荒涼たる景観になり果ててしまった。

 世界最古の叙事詩「ギルガメッシュ」で謳われているように、今のイラクにあった古代都市、ウルの英雄ギルガメッシュは、都市を建設するために、森の神エンリルの命令で森を守っていた怪物フンババと戦った末、ついに彼を倒して森を伐採する。それを嘆き怒ったエンリルは、呪いの言葉をギルガメッシュに投げつける。その後森を失ったこの地には、度々大洪水が起きて、遂に雨も降らぬ不毛の地に一変してしまうのだ。

 その後文明はシナイ半島に移動するのだが、ここでも同様鬱蒼としたレバノン杉の森を失い続け、文明は森を求めてエーゲ海からギリシャ、そしてローマへと移動をしていった。「森を伐って文明が起き、森を失って文明が滅んでいったのである。
 豊かな森と、それを背景とした農耕には、多くの神々がいた。しかし次第に森が失われて草原化し、遊牧民が勢力のばして農耕の民を隷属させていく過程で、多くの神々も死に絶え、過酷で嫉妬深い唯一神が統べ給う世界に変身していったのである。
 旧約聖書で、アダムとイヴの寓話で始まる神と人との関係は、まず(農耕神の使いであるヘビにそそのかされて、禁断の木の実を食べたという罪で、「エデンの園」を追われて、額に汗して働くという刑罰を受けることになる。これが「原罪=オリジナル・シン」で、労働は賤しいものだという思想がスタートすることになる。

 しかも人は、その後も神の言い付けに背いて罪を重ね、ノアの大洪水、バベルの塔の崩壊など、神罰を受けることになるのだが、ノアの大洪水こそ、度重なる森林破壊が生んだ洪水に他ならない。こうした神と人の契約がうまくいかないことから、新しく神の子キリストが、あらたに神と再契約したのが「新約聖書」ということになる。

 その後中東の地で生まれた預言者マホメッド(ムハンマド)が、アッラーの神のお告げをつづったのが「コーラン」であり、もっとも新しくて正しいというのが、イスラム教だという。いずれにしろ、もともと1つの根っこから生えた3本の流れだと言うことも出来る。いま各地で争っている宗教戦争は、いわば骨肉の争いであって、決して異文明の衝突ではない。

 一神教と言うことは、その絶対神以外の神を認めることは出来ないから、かつて多くの神々を信じていた農耕民は、彼らを征服した遊牧民によって、改宗を余儀なくされていった。彼らの信じる地母神は、マリア信仰に姿を変えたし、ペストが大流行した暗い中世には、陰惨な魔女狩りとなっていった。

 西洋の民が、新世界で異教徒である原住民やアフリカ奴隷を虫けらの如く扱い、アジアの植民地でも飽くことなく略奪していったことを見ても、一神教の持つ理不尽さ、冷酷さを忘れるわけにはいかない。

 さて、ひるがえって日本はどうか? ユーラシアの東のはずれ、波高き絶海の孤島は、モンスーン気候によって雨に恵まれ、暖流の影響で温暖な気候と変化のある四季を有し、豊かな森林と色とりどりの草花が咲き乱れている。先住の民縄文人は、ゆたかな森と無数の河川の幸に恵まれて、採集生活と土器に代表される手作業で生計を立てていた。3000年ほど前、動乱のチャイナの地から日本にやってきた弥生の民は、水田稲作と金属器を日本にもたらしたが、彼らは通僕。牧畜を持ち込まなかったため、その後19世紀になって、始めて西洋の文化文明に直接対峙するまで、殆ど遊牧民の洗礼を受けることなく過ごせた、稀有の幸運の持ち主だった。

 日本の恵まれた気候は、一度伐ったものは容易に生えてこない乾燥した中東や西ヨーロッパに比べ、再生が速い上に世界でも珍しい植林大国であった。しかもそうした自然とともに、八百万の神々もまた、生き続けることが出来たのである。 
               (この項 以下次号)

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