ハイブリッド宗教事始め・・・ 53

 神道と仏教の融合

 『ハイブリッド文化の精華』で前回記載した"「漢字とカナ」の融合(50〜52)"とは、後先になったが、縄文時代は、(言うまでもなく)宗教と言うよりもまだアニミズムの世界であった。彼らは、すでに「ハレ(晴=非日常・祭り)」と「ケ(褻)」という生活を区分をする文化を持っていた。
  
 マツリというハレの日には、男女とも精一杯のおめかしをしてご馳走を並べ、その喜びを祖霊に、森羅万象を形成する自然神に、森の中のありとあらゆる精霊に、種族を守護してくれる守護神に、心からの喜びの祈りや収穫の品を捧げて踊り、ニワトコやヤマブドウなど木の実の酒を飲んでトランス状態となり、神々や精霊と一体になって、笑い泣きまた陶酔の境地の中で歌い舞い明かしただろう。

 一方恐ろしい地震は「地母神」の怒りであり、火事は「火の神」、噴火は「山の神」、台風は「雨の神」と「風の神」、旱は「天の神」の洪水は「川の神」の、そして津波は「海の神」の怒りであった。
縄文の民は過酷な自然現象に自らの罪意識を重ね合わせ、恐れおののいて許しを乞いうた。

 それらは、あらゆる自然を神と一体に見る「マナイズム」であり、万物の精霊を神とし、自分たちを護ってくれる先祖の霊を信仰する「アニミズム」であり、祖霊・万物の精霊が憑依し、現世の対話やお告げを行う「シャーマニズム」であり、種族を象徴する守護神、特定する主神を祭る「トーテミズム」であった。

 また「言霊」によって悪霊を避け幸せを願う、あるいは敵対するものに災いをもたらす「呪術」でもあった。たとえば、現在まで日本の風土や社会環に脈々生き続けている「言霊(ことだま)思想」だが、呪術的なものとしては、その後「真言」からお経という意味不明な形態で、また日常生活に於いても、口してもよい「縁起のよい言葉」、はばかられる「・悪い言葉」として脈々として今に生き続けている。

 こうした多彩な自然神が渾然一体となった多神教の森の世界に、水田稲作を持ち込んだ弥生の民によって、自然神は次第に人格神姿に変わっていくことになった。

 もともと蛇を主神としていた縄文の民と、同じく蛇を主体にいろんな動物守護神を集合して「竜」をトーテムとした前期弥生人との融合は容易であった。

 彼らは各地で竜信仰の「国津神」を形成していったのだが、その後より国家統一意識に満ちた、太陽神を信仰する後期弥生人「天孫族=天津神」の到来によって、自然神は急速に衰え、あたらな人格神として再生することになった。「古代神道」の誕生である。

 時代は下がり、チャイナあるいはコリアの地より仏教が伝来する。
 当然守旧神道派(物部氏)と新興仏教派(蘇我氏)の抗争が激くなり、新興仏教派蘇我氏の勝利に終わるのだが、それを契機に起こるであろう大きな抗争と分裂を憂れえた聖徳太子は、神道と仏教に儒教まで包含した「神仏儒集合」を見事に成功させるのだ。

 堺屋太一『日本とはなにか』によると、太子は、「神を幹とし仏教を枝として伸ばし、儒教の礼節を茂らせて現実的反映を達成するという詭弁的論理を編み出し、一を加えて他を否定することはない」と述べ、「神々は敬わなければならない。敬ってなお祟るのが日本である。その祟りを沈めるのが仏である」という至極便宜主義的発言によって民を納得させたと指摘する。

  「和を以て尊しとなす」という思想の根源が、そして我々日本人の精神構造と社会倫理意識の発生は、ここに遡ることが出来る。その後紆余曲折を経て、一見便宜的にも見えながら、今ほど他を許し昨日の敵を今日は友と見る寛容さが求められる時は無いことを考えれば、日本という国の一見矛盾に富んだ有り様が、いかに貴重なものか再認識する時が来るであろう。

 ユダヤ・キリスト・イスラムという一神教が破綻し、エンドレスの血を血で洗う復讐劇、さらに救いのない終末思想が、やり場のない虚無感となってわれわれに迫って来ることに比べ、この一見頼りない宗教観のなんと安らかな思いをもたらすことか。

 安田喜憲『蛇と十字架』は、西洋史観がそして近代科学の枠組みから脱却できず行き詰まりを示している状況を指摘して、世界中で顕在化してきた「文明の衝突」や、行き場のない精神の袋小路の突破口として、「アニミズム・ルネッサンス」を提唱する。

 ただ神道には、一つ決定的な問題点があった。それは「穢(けが)れ意識」という発想である。精神的にも物質的にも汚いもの、汚れたものを徹底して嫌い、そうしたものに遭遇した時には、必ず禊ぎ、祓(はら)い、清めることが不可欠というものである。

 なにしろいまの子どもたちの「いじめ」の深層にも、根強い穢れ意識を見て取れるし、原子力や基地問題から、病気や倒産まで、ある意味穢れに対する差別的な視点の存在が厳存する。またその裏返しとしての清潔意識、行き過ぎた潔癖観念、抗菌グッズの人気などに連綿生き残っている。

 そうした穢れのもっとも顕著な例は「死」であり、古事記を繙(ひもと)けばよくわかる。イザナギが最愛の妻イザナミの死を嘆き悲しみ、黄泉(よみ)の国まで追うのだが、そこで醜く変わり果てたイザナミの姿に恐れおののき、逃げ帰るという逸話に見られるように、「死穢(しえ)」を徹底的に忌み恐れてきた。

 飛鳥・白鳳・天平と続く奈良の時代の、度重なる遷都もそうした恐れが為さしめた行為に他ならない。結局そうした不得意なところを仏教に全て委譲することで万事解決としてしまうのだ。神道にとっておそらく、土葬でなく火葬という行為が、この上ない禊ぎであり、祓い清めであった。

 こうした神道が、果たして宗教かどうかという基本に立ち戻って考察する必要があるだろう。たとえば神道には教典や教義はおろか、本当の意味でのご神体もない。神社に参拝する場合、そこに祀られた神様がどういう神様なのかわからないケースがほとんどである。
 しかも現世でご利益をもたらすと思われる神様を、元の神社から分祀して貰って来たりするから、益々分からなくなる。いうなれば「原理・原則」などもともと存在しない、空気のようなものが、神道における神のなのである。

  そうした神道の性格が、仏教をはじめ儒教だけでなく、道教やヒンドゥー教まで取り込んだ、「日本教」を創り上げることになる。
まさにご都合主義的な日本教は、敬虔な信者を持つほとんどの国にとって、疑念と不信感を抱かすのだが、案外こうした融通無碍、相手の宗教を認め、敵すらも認め包含する思想が、相互不信に充ち満ちた一神教の行き詰まりを、暖かく溶解させる、新しい宗教観として認知される可能性を期待したい。


注:マナイズム
  上田篤『神なき国ニッポン』は、マナイズムを「万物の中で超人間的、あるいは超自然的な力を持つものを畏れる「超人間教」「超自然教」、アニミズムは「精霊教」といってよく、万物にはどんなものにでも肉体の他に精霊がある」とみるものである」と定義している。


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