12008.06


『縄文が日本を救う!』 あとがき

 2002年2月から「縄文塾通信」に掲載を始めて、先月2008年5月までの66回、途中で入院・手術で中断期間を含めて、(もっともメルマガ以前の郵送時代から数えて)6年と3ヶ月になる。

 その間ご愛読賜った方々に心より感謝申し上げたい。

 ここで復習として、日本民族特有の気質というか、あるいは性状というかだが、渡部昇一がつとに指摘するように、

 これはごく卑近な例に過ぎないが、明治という王政復古・藩政返還によって、諸侯のお抱え時計師達は失職する。

 精巧極まる和時計を作っていた彼らが目にした舶来の「ゼンマイ時計」は、至極幼稚極まりないものであって、彼らのDNAの中に眠っていた、
   1.これなら我々(日本人)にはすぐ出来る
   2.我々(日本人)なら、もっと良いものが出来る

 という気持ちが働いたとしても決して不思議ではない。また渡部昇一、それに堺屋太一が強調するように、日本人はつねに、

 「新しい文明を吸収する場合、不要なもの危険なものを鋭く嗅ぎ分けて捨て去り、換骨奪胎し自家薬籠中のものにしてきた」

 のである。

 当然そうしたことが許されたのには、我々(日本人)特有のメンタリティがあっただけでなく、それが許された理由として,「他とは隔絶された」特異な風土があったことも忘れてはならない。

 つまり幸運にも、こうした立地・風土は、他からの文化はなんとか吸収できても、そとからの武力的な攻撃は受けることがなかったのである。

 「逆も又真なり」で、その歴史上国力を外に向かって発揮することは稀であり、しかもその悉くが失敗に終ったという経緯がある。

 その立地から、日本を海洋国として、大英帝国に擬するという思想もあったが、これは全くナンセンスなものであった。

 さて、この両識者が指摘したメンタリティは、明治以降近代化した西洋文明の吸収に止まらず、、その後昭和の御代、欧米列強との戦いに敗れ去った後にも遺憾なく発揮され、むしろ一層強化され、「追いつき 追い越せ!」というスローガンを強化し、拍車をかけて脇目もふらず走り続けてきたのだのである。

 ところが今、気付いてみると、目標とすべき先行ランナーがいなくなったことから章狼狽しているのが現状だと謂えるだろう。なにしろ先頭ランナーだと信じてきた対象が、実は一周遅れのランナーだったのだ!

 このあたりを前号・前々号で触れてきたが、このことに加えてもう一つ重大なことは、それに軌を同じくするように、文明的爛熟による退廃の機運と、少子化による人口減少と重なりあっていることである。

 すなわち今の日本は、目指すべき目標の喪失と、少子化による「人口減」という、かつて経験したことのない二つの難題に直面しているのだ。

 こうした事情から、日本が2000年に亘って求めてきた道、「追いつき 追い越せ」というスローガンを捨て去って、「過去の英知から学ぶ」という新しいスパラダイムを国是とすべき重要な時期に来たのである。

 折しも、内には食糧自給率の低下・ゆとり教育の弊害・老齢化の進行など、かつてないマイナス要素が重なり合って問題を大きくしており、外では、エネルギーの高騰から、穀物事情の逼迫、加えて環境の悪化と砂漠化の進行など、問題山積である。

 特に中東を舞台に血を血で洗うエンドレスの宗教戦争から、世界中に拡大したテロの恐怖と、世紀末から新世紀に掛けていつ何時、第3次世界大戦が勃発してもおかしくない状況下にある。

 本文中紹介した「東西文明800年周期説」が、ますます現実味を帯びてきたとも謂えるだろう。

 こうした状況下、他国と比較するべくもないが、かつての明治維新における政治家・施政者の真摯且つ無私無欲な取組みに反して、いまの政治屋たちの無能さと脳天気さには唖然とするばかりである。

 もっともこうした人たちを選良と称して選んだ我々にも大きな責任がある。彼らの無能さに加えて,かつて世界最高の「テクノクラート」と賞賛された国家官僚の堕落と硬直性は目を覆うべきものがある。

 一方国民サイドではどうだろうか。多様化時代とはいうものの、昨今あまりに非道で不条理な事件が多すぎる。子供達もだが、、親の側や世間全般に対する「教育」の不毛性を指摘する声も多い。

 今こそ少子化を前提に、あらたに教育の基本的姿勢を再構築する必要が最大の課題であろう。

 これもまた大切なことだが、道州制度への前提としての小さい政府への移行の為に、何から何までお上が定めるという姿勢からの脱皮が肝要であろう。

 ただ悪い点ばかり強調しても事態はなんら改善されない。すでに先頭ランナーが居ないと言うことは、日本の技術が世界で最高に位置していることを示していることに通じる。

 今我々に求められるのは、現実を逃げることなく凝視して、自らの未来を、一部政治家や官僚に委託してよしとせず、加えて目を国外にも向け、積極的に日本をアピールする時期だと認識することではないか。

 環境問題にしろ、省エネ技術にしろ、今や日本の技術や発想抜きには成り立たないことに自信と誇りを持つべきである。

 加えて日本の精神文化としての「勿体ない!」「有り難う!」の心も、アニメやJポップと一緒に,輸出しようではないか。 


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