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モラルハザードの深層に潜むもの
雪印の不祥事に続き、週刊誌を通じてなかば公然と囁かれていた、日本ハムの牛肉虚偽申請していた問題が露呈した。また、鈴木宗男問題に絡んだ三井物産の利得行為、それにモンゴル高官へのワイロ問題も明るみに出たと思ったら、今度は東京電力で原子炉故障報告書を改竄していたという、あってはならない不祥事が発覚した。JOCの臨界事故に続くこの東電のケースは、原発の新規設置や高速増殖炉「もんじゅ」の稼働再開、プルサーマルへの転換などを一層困難にした。その影響ははかりしれず、関係者の失望や落胆は察するに余りある。(特別寄稿参照)
これらの事件は我々に、「そうした不正の代償は、信頼失墜だけでなく企業の存続すら危うくするような大きなダメージを与える、いわば絶対に割に合わないことだ」ということを教えてくれる。果たして不正を行った当事者が、そのしっぺ返しの大きさに気付かなかったのかと不思議でならない。
たとえば「松阪牛」という偽ラベルを貼ったという某スーパーの行為は、多かれ少なかれ、おそらくほとんどの小売店でやっていることではないか?と推察できる。しかし、なぜこのような偽ラベル問題が起こったかを考えると、「賞味期限とか産地などのラベルを貼ること自体に問題があるのではないか」という考えに行き着く。
そもそも食品の賞味期限など本来目安であるべきものが、あたかも法違反の確定犯のごとくマスコミに糾弾されている。なにしろ、あの長期保存が可能な缶詰にさえ賞味期限が必要となると、当然生鮮食品を中心に食品メーカーや問屋には返品の山ができ、それが価格にはねかえる。価格競争の激化で値上げかなわぬとなれば、現場では「つい出来心」ということにもなりかねない。また返品がきかないものは、小売店サイドでのラベル操作となる可能性が出て来る。こうした背景を抜きにこの問題を論じても、決して解決できないだろう。ここには主婦連など消費者団体の「新鮮神話」という無知と、そんな消費者におもねる小売店(バイヤーサイド)が、食品メーカーに一層過大な負担を強いている構図がはっきりしてくる。
ところで、これらの不祥事に共通するのは、すべてが「内部告発」によるものだという点である。いま、不正をあばくという社会正義の観点から、内部告発者を法的に保護しようという動きも出始めた。それはそれとして、こうした内部告発が、本当に正義感だけでなされたのか、そこには、いささかでも個人的な疎外感、不満、うらみやがなかったのかという疑問が残る。
なお、こうした内部告発は氷山の一角だという。となると、まだ公開されない内部告発一体どのくらいあるのか、どこで仕切り線を引くのか?この病巣はどのくらい深いのか。告発のすべてをおおやけにしたら、不正の事実を一切知らなかった経営者までがすべて責任を取って総退陣になり、その企業はおろか、間違いなく日本の産業界すべてがご臨終ということになるだろう。
このような日本中、上から下まで「総ぐるみモラルハザード」の構図は、一体いつ、どこで、どのようにつくられたのだろうか?多分それは、弥生に発したコメ文化の一端ではないか? 「臭いものに蓋」、みんなやってるという「横並び意識」、そしてみんなで渡れば怖くないという「護送船団方式」である。それが、みんなで渡って、みんな沈んでしまうとは、なんともはやシャレにもならない話ではないか。