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アテネ・オリンピック雑感
今月は堅い話はお休みにして、アテネ・オリンピックのミーハー談義をしてみたい。今年は今までにない金メダルラッシュだったから、この8月、日本人のほとんどが寝不足で、仕事中に欠伸ばかりだったかもしれない。
本当をいえば、どんなスポーツでも選手にとっては世界選手権こそ最高の舞台なのだが、日本選手はどうもそうではなくて、オリンピックこそ最終目的のようだ。日本人がオリンピックばかりに目をやるのはなぜなのだろうか。それはわれわれが根っからのお祭り好きだということに尽きるだろう。オリンピックこそまさにスポーツのお祭り(祭典)なので手放しで一喜一憂しているわけで、まずは平和の恩恵である。パレスティナやイラクではこうはいかない。
それはそれとして、オリンピックでの金メダル獲得で日の丸が揚がり君が代が流れる。ナショナリストならずとも胸がすく思いである。特に今回のメダルラッシュ、普段日の丸や君が代を忌み嫌っているバカ狂師どもは、いったいどんな顔をして見ており、どんなことを生徒たちに話すのだろうか。オリンピックでの金メダルこそ、彼らの呪縛を解く最高の解毒剤なのだ。
いま「近ごろの若者」という言葉や「ひ弱な一人っ子論」がまかり通っている。実は塾長もその一人なのだが、もし全体的にそうだったら、今回のような快挙は不可能である。とすると、いったいなにが強い選手たちを生んだのだろうか、ひょっとすると選手語録とかコーチや監督の発言や指導の中に、バブル崩壊後の日本再生の鍵が潜んでいるのではないか。それにしても最近の選手のコメントは実に堂々としてうまいものだ。考え方では、一人っ子だからこそ英才教育だって可能だろう。少子化を嘆く前に、日本人全員が発想の転換を図るべきではないか。
いままでの日本のスポーツ界を顧みると、たとえば卓球・バレー・体操など、どうも(参入国が少なくてライバル不在の)マイナなーな競技で活躍してきたという経緯がある。それが次第に参入国や競技者、チームが増えて来るにしたがって、次第にその地位を奪われていったことになる。特に衰退に到る最も大きな原因は、やはり基礎体力的の不足と科学的練習法の不在ではなかったか。
同時に日本では、高度成長以降生活が豊かになり、きつい練習やきびしいプレッシャーに耐えてまでという機運が深まっていった。それがいまバブル崩壊で反省期に入り、民族的な危機意識が高まり、負け続けてきたことをバネに新たなやる気という機運が高まったこともあるだろう。
マスコミはそれをすべて「お家芸復活」だと大騒ぎしているが、柔道それに 水泳はまだしも、男子体操は幸運に助けられた面で今一歩だし、人気のカナ・メグ女子バレーは、若さによる弱点を露呈してしまった。
全体的に見れば、かつてのしごきとか根性といった精神論から、科学的な基礎トレーニングとか精神面にしても新しいメンタルトレーニング・イメージ・トレーニングなどが有効に作用したようだ。あのまさかの柔道井上康生の敗退は、主将プレッシャーというにメンタル面だとしか考えられないではないか。
今回の日本チームの特徴は、女性の活躍である。柔道ではなんとヤワラちゃんをはじめ5つの金に1つの銀と、男子を圧倒してしまう快挙であった。それに女子レスリングもすばらしかった。やはり日本は「女ならでは夜も明けぬ国」なのだ。女子マラソンでは野口みずきの優勝、3人そろっての入賞と、Qちゃん後遺症をすっきり吹き飛ばしたのが大きな収穫だと言えるだろう。
水泳ではたしかに平泳ぎの北島康介の金2つはすばらしいが、手放しで褒めたいのは、女子で史上最初の柴田亜衣800m自由形の優勝だろう。ここ最近男子で自由形の優勝者皆無を考えると、いくら褒めても褒め足りない。次回はぜひ男子も自由形で金メダルをとってほしいものだ。いままで日本では、体力や運動神経を持った者の多くは野球に進んでいた。ところが今や野球人気はサッカーの後塵を拝している有様である。若者の野球離れから、もっと多彩な競技に自分の適性を見い出してほしいものだ。○億円プレイアーを揃えて銅では、人気凋落に拍車が掛かりそうな雰囲気である。まあ「スポーツも経営もわからぬロートルオーナー」の下では、野球人気は低迷するばかりだろう。
さて次は北京である。反日教育を継続するチャイナ政府に、スポーツ精神なるものを一切持ち合わさぬ観衆、バブル気味の経済に環境破壊の進行と、いまやこの国にはなやましさ山積である。あと4年、この国のバブルが崩壊が起きないという保証はどこにもない。
オリンピックは、いい意味で国家意識を高揚させてくれるものだ。ここでこそ日本選手はアテネ以上の金メダルラッシュを再現して、この国の心胆を寒からしめてほしいものだ。そして国民に日の丸・君が代に敬意を払う姿勢が、一段と強くなってくれること、そのための金メダルであってほしいと願っている。