老人パワーが日本を救う!

 日本の老齢化と少子化がいわれて久しいが、先が見えないことの多い中で、この二つだけは統計上当然わかっていながら、依然としてさしたる名案もなく悲観的な空気に包まれているのが現状である。

 そうした中でいま、団塊の世代の一斉定年退職と、昨今小学生による校内暴力の異常な増加という、世代を超えた二つの問題が大きく取り上げられ、とくに子供の非行化の進行は、児童教育の自信喪失を招き、それが少子化に結びつくという悪循環を呼んでいる。

 最近の子供は〜」という永遠のテーマにしても、それ家庭の、学校教育の、社会環境の、とさまざまいわれているが、問題の根源を忘れた論議からは決して解決の道は開けない。当然少子化にも影響を与える大きな問題の根源となるのはいったい何であろうか。じつはここに定年を迎える人たちも絡んだ、大きな問題が隠されている。

 急に話が飛ぶが、「サルから別れたヒトは、いかにしてヒトそして人になったか」という命題を考えたとき、ここにこの問題を解決する大きなヒントと真理が潜んでいることに気づく。

 ヒトが「サルからヒトへ」という長大な進歩の過程で会得したのは、まず「直立二足歩行」であり、道具の製造と使用であり、火の使用であり、衣服の発明なのだが、それに加えてヒトはいつかの時代「子供を産めなくなってからも生き残れる」という術(すべ)を獲得した。ほかの哺乳類は子供を産めなくなると死が待っている。言い換えると死ぬまで子供を産める。すなわち両親(あるいは片親)と子供という生活では、親は子供に最低限「いかに生き延びるか」ということだけを実践的に教えるだけである。

 ところがヒトは、次第に大きくなる頭脳のために早産を余儀なくされていった。すなわち生まれた子供は長い養育期間を必要とする。子供にかかり切っていては食料の獲得が出来ないという条件下で、いつしかヒトは、子供を産んだ後も生き残れる世代、すなわち「祖父母社会」を誕生させたのである。

 こうなると両親は祖父母に子供たちを任せて安心して食料調達に出掛けられる。祖父母はただ生き延びることの伝達だけではなく、経験それも口承という方法で遠く祖先の持っていた経験という知恵までも、孫たちに伝授することになった。これが孫たちの脳を活性化させ、しかも新しい発想も生み出すという「技術革新」まで行うことで、ついに動物生態系の頂点に立つことになったのである。

 ここでやっと言わんとすることをご理解いただけたと思うが、今の子供たちに絶対的に不足しているのは、幼い時から心の生育過程における祖父母による知恵・知識の吸収という仕組みなのである。戦後の生活のなかで、いつしか私たちは核家族化していき、祖父母の薫陶を受ける機会を限りなく失っていった。いまの祖父母さえ、むしろそうした被害者であり、すでに孫の教育に当たる能力を喪失してしまってさえいる。

 少子化の一因として、こうしたかつての祖父母の存在が欠落することから、子育てに対する不安が、日本人の意識の根底にあるのだといえよう。いまや家庭では出来ないこうした子育ての支援を、社会的なかたちで行うとともに、老齢者に生き甲斐を与えることで、新しい日本の方向性が見えてくるものと確信している。

 いま多くのの製造関連企業では、コンピュータ世代の若者の対応能力の欠如と経験不足、それの基礎知識の不足に気づいて、退職予定者からの技能・技術の伝承を真剣に考えている。日本中には、すでに悠々自適の人生を送っている人たちの中にも、あたら才能を眠らせている人が無数にいる。そうした人たちの、まだまだ働ける能力・体力・意欲をいかに活用するかが、それが今後日本の進路に大きく作用してくるものと言えるだろう。

 もちろん一定の基準を設けての話だが、極力それぞれの個性を生かした方法で、幅広い知恵を持った老齢者を、日本中の保育園・幼稚園をはじめ全国の小学校に派遣して、学育以外のあらゆる知恵の伝承を行うということを国家的教育システムの一環に組み入れれば、まさに一石二鳥の名案になるであろう。

 ところでもう一つの老齢化対策として、JICA(国際協力事業団)の中に、60歳以上の各種経験者を対象として、発展途上国に派遣する『シルヴァー・ボランティア制度』があるが、その資格としてまず英語が堪能でなければならないという大きな障害がある。むしろこれを現地に日本語を普及するための教育とセットして、財政問題から減額を予想されるODAを、箱物や器具の供給から脱却してこちらにシフトする案を提唱したい。

 併せてそうした国々から、日本語を習いたい人たちを留学させるという仕組みとリンクさせることによって、日本語圏の拡大と日本語による技術移転、それに優れた労働力の獲得という新しい3つの効果を挙げる体制が構築されれば、あたらしく日本ファンの国々がどんどん増え、しかも少子化に揺れる日本にとって明るい将来が見えてくることだろう。その上で、厳しい資格検査を行い、移民の道を開くのも一案であろう。

 今や老齢化を恐れるのではなく、少子化をカヴァーアする「老人パワーこそ日本を救う!」というように、発想の転換を行う時ではないだろうか。

 ご存じのように、戦後第2の「団塊の世代」の定年による退職が目前に迫っている。このことは、以上述べてきた問題に大きな拍車をかけることになるだろう。彼らに新しい「公的祖父母」という仕事を与えるのだ。

 まだまだ体力も気力も充実した人たちをいかに再活用するかに、日本の将来がかかっていると言っても過言ではないであろう。今の若いモンは兎も角、熟年パワーは決して衰えてはいないのだ。


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