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男系天皇制の保持が日本を救う!
おそらく数代遡ると、碌に先祖様のお名前すらわからないような下賤?の徒が集まって、わずかな間話し合いをした結果、2000年以上も連綿と継続した世界でも稀有な「男系皇室」の尊厳を無視して、「女系天皇容認説」を具申するなどということは許し難い暴挙と言わざるを得ない、いささかアナクロ気味だが、世が世ならば市中引き回しの上、獄門台で磔 (はりつけ)か、打ち首・切腹など極刑に処される重罪である。
このように言えば、よほどの右翼に見られるかも知れないが、(もっとも今では象徴という存在ながら)継続というという視点で見るだけでも、この世界に類を見ない永続性を持った日本の統治システムの存在理由と存在価値について、もっと掘り下げてみるべきではない か。
ご存じのように採集から農耕に移行して以来、そのまま純粋培養だれてきた日本はまさに 典型的な「女系社会」であった。平安時代の公家さんですら「妻問い婚(つまどいこん)」 という「女系社会」典型の婚姻制度を踏襲していたくらいである。
京都大学の上山春平はこの女系システムを、「照葉樹林文化」の1部と位置づけている。たとえばお隣の韓国は、狩猟→遊牧民である証拠に父系家族の証明になる「族譜」という血統書類を後生大事にしており、この国での夫婦別称は、女性(妻)が、決してその家系に入 り込めないことの証左になっている。
西洋においては、すべの農耕民は、遊牧民に隷従することで生きてきたのに、幸いにも日 本は明治の世まで遊牧民の毒牙に掛かることなく、なべて平穏無事に過ごしてきた。
いまグローバル化が進み、海外との交流が頻繁になった今、女系家族ばかりといういわば「迷える子羊」の群れを、恐ろしいオオカミの中に解き放つことの無謀さが懸念されることになった。かつての「魂・志・信念」などかけらもない付和雷同型集団だけで、生き馬の目を抜くグローバル社会で生き抜けることは悲観的な結果を招くだけである。
かつて、世界の文明がことごとく滅んだ中で、なぜ日本文化が生き残ってきたか。理由として森を育くむ環境があったこと、弥生が陳腐化したら縄文が改革を行ってきたこと、それに日本の社会階層の上に超然と唯一男系天皇家が存在していたからに他ならない。万一それを、すぐに崩れ去る女系制度を容認したとしたら、精神的求心力を失った羊の群れは、驚くように早く絶滅・崩壊してしまうことだろう。いまこそ声を大にして「男系天皇家」の保持 を謳い続けるときである。