
欧米型二極化現象という幻想
小泉流「官から民へ」という構造改革の推進、それに 竹中型金融システムへの移行によって、日本が欧米型二極化の道をひた走っているという声が、経済アナリストを中心に日増しに高くなっている。日本は本当に欧米型の貧富二極化に近づいているのだ ろうか。とんでもない、これこそ至極皮相的な現象論に 過ぎない、というより現実にブラインドを掛け、一部に見られる現象に拡大鏡を当てて強調するという、いわば「 ためにする偏向的アジ」に過ぎないというのが私の意見である。
例えばこの貧富二極化論者として、庶民派?経済アナ リスト森永卓郎がいる。東大出ということだが、タケシ の「TVタックル」という番組の中で、誰かが言った「窮 鳥懐に入れば猟師もこれを撃たず」という諺を聞いて、「(窮鳥とは)級長のことですか?」と言 って出席者や視聴者の顰蹙を買うようなトンチンカンな御仁である。
今日本は、世界でも極端に貧富の差が少ない平面型社会で知られているが、過去からずっと平面型であった訳 ではない。なにも江戸時代にまで遡らなくても、戦前の 日本には、かなり大きな収入格差が存在していた。また貧富の格差が大きいことは何も欧米社会の専売特許ではない。
よく日本は、世界でもっとも成功した「社会主義国」と言われているが、これはすべて戦後の出来事である。 また貧富の格差は日本以外全世界にあまねく存在しており、日本だけが特殊な国だというだけのことなのである 。特殊社会がバブル崩壊後、否応なく世界経済 の荒波に触れることになっただけで、あたかも「弱肉強 食社会」に放り出されるような発言は、ナンセンスを通り越して、暴論とすらいえるだろう。
フランスの国旗トリコロール(三色旗)の意味するの は「自由・平等・博愛」だが、「自由の反対は抑圧であり隷属」である欧米では、権力による抑圧や隷属から解 き放たれることから平等になるため、必ずしも矛盾とは 言えない。ところが「自由の反対は不自由」という日本では、自由と平等とは全く矛盾したものになる。すな わち自由に任せれば不平等になり、平等にしようとすれば自由が損なわれる。
彼ら欧米型二極化説論者が持ち出すのは、あくまでも 収入格差の進行である。ところが、現在夫婦共稼ぎ生活 で、パートに出ている奥さんの収入は、生活費に食い込まない分野に消費されているケースが殆どである。また 低所得者層の増加を謂うケースが多いが、フリーターや ニートと言われる人たちの多くは、「職がないのではなく気に入った職がないだけの話である。
海外旅行熱は一向に衰えず、リタイア族目当ての豪華船による世界一周旅行はすぐに満室になる、デパートの福袋は値の高いものが飛ぶように売れる、こんな国が何処にあるのか。DNAから性善説に依る日本人には、ドライで性悪説を地で行く欧米的発想は絶対になじめない。出来れば機会均等ではなく結 果均等を重視する、平板な日本型社会から、結果によってそれにふさわしい結果をもたらす「日本型階層社会」の出現を、大いに期待するものある