昔の日本は、今よりもっと格差社会であった!

 「戦中派」とも「焼け跡派」とも呼ばれる昭和一桁の生まれは、おぼろげながらも戦前の日本社会を覚えている、今では稀少な?存在だが、その当事者から見ると昨今の「格差社会」論議は、奇異というよりナンセンスに聞こえるだけだ。

 例によっていつも反体制派を持って任ずる(ポーズを取る)マスコミにとって、格好の題材かもしれないが、「ヤラセ」の常習犯が、「ヤラセ」を責める以上に、「為にする」一種の言いがかりじみている。またそれに担がれたいわゆる識者ぶったコメンテーター共が、図に乗ってわいわい騒ぐから、必要以上に社会問題化されたような様相を呈している。

 人権・平等を旗印にしてきたマスコミにとって、小学校の運動会で駆けっこの順位を付けず、「みんな仲良くお手々つないでゴール」という構図が、さすがに行き過ぎだとして「機会均等・結果不平等」が本来あるべき姿だという世論に負けた腹いせみたいなところがある。

 現在の格差の原因は、「失われた10年」と呼ばれたバブル崩壊によって、多くの企業が生き残りを賭けて行った、「リストラ」という名の人員整理にもあったが、それよりはむしろ、「自分に似合った職業」という青い鳥を求めて、フリーターという安易な道を選んだ人たちにこそ大きな責任があることを知らねばならない。

 そこには養老孟司先生が指摘するように、個性化教育という間違った発想があって、教育の本質は「各人みんな違っていのだから、人はそれぞれが協調していかねばならない」「自分にふさわしい職業などある道理がないのだ」と教えるいうことに回帰する必要があるのだ。なにしろ「医者になりたし、人殺しは怖し」で、仕方なしに人殺し?の心配のない(余人の嫌う)解剖学を選んだという養老先生の言葉だから説得力がある

 日本の論議には「比較」という視点、長いスパンで俯瞰する視座が欠けていると述べてきた。わずか3%で国中の富のほとんどを独占しているチャイナ。貧困層が増え続け同じく数%が富を独占するアメリカ、明確な階層社会を形成する西欧社会などから見ると、日本の格差など取るに足らぬものだということは、富の偏在を示すジニ係数でも明白である。この貧富の差は南・東南アジア各国、それに中南米においてもまったく同様である。

 まだバブルがはじける前、働きたいときに適当に働き、あとは海外旅行など好きなことをして過ごすフリーターは、うらやましがられる存在であった。自分の意志で選んだ道でもあった。それが今裏目に出たに過ぎない。また働く意志を持たぬニートの数を、「格差問題に包含するのはおかしい。これは「教育問題」にも絡んだ、全く別の社会現象として取り上げるべきである。

 それでも本当に働きたいのならば、かつて3Kと呼ばれた製造業や、職人の道もある。後継者のいない農林漁業だって人を求めている。高齢ならともかく、若いだけで特技も何もないくせに、ミスマッチングなどと贅沢言って職を選択して生きていこうなど、烏滸(おこ)がましい限りである。その内に少子化時代、求人の幅は大きく広がってくる。その時のために大いに特技の幅と質を高めることが重要課題であろう。

 ところで自らは高給を食(は)みながら、したり顔でこの問題を取り上げるマスコミの司会者やコメンテーターの空々しさには虫酸が走るばかりである。なにしろ戦前はもっと大きな格差社会であった。今と違うところは、ほとんどの人たちが借家住まいで、農家はともかく、持ち家などはごく一握りの分限者に限られていた。ある意味「持ち家制度が諸悪の根源」とも言えるのだ。

 戦前は収入の増加や減少、それに職業などによって住む町が変わることが常識であった。一般庶民はいわゆる下町、そこにはそれなりの情緒があった。なにしろ住民の構成が単純ではなかったからである。

 下町の表通りから一つか二つは行った小路には、商店勤めの人たちや職人に混じって、書や算盤(そろばん)、生け花や茶の湯、それに大店(おおたな)のお妾(めかけ)さんが、小唄や三味線を教える習い所、一銭駄菓子屋から、鋸の目立て屋、いつも主人が店先で鼻緒えおすげたり、下駄の歯をを入れ替えている履き物屋もあった。「○○寓」という表札の掛かった、ご隠居さや退役軍人の住処などがあった。

 夏の夕方には軒先の縁台で将棋に興じる人たち・・・。道には打ち水、弁柄格子の軒下では、朝顔の植木鉢が色とりどりの色彩を競う。何とも言えぬ風情があったものだが、こうした日本の原風景とも言うべき佇まいが、消え去って久しい。

 父の転勤(転社)で名古屋から広島に帰った当座は、もっと殺風景な低所得者中心の町の数軒長屋だったが、その内ベースアップしたらしく、四軒長屋だが低い塀構えのある隣町の新築住宅に移った。缶詰会社の営業をしていた父は出張勝ちで、なんでも出張費が給与と同じくらいあって、給与は全部家に入れていたが、いわば遊び人で、原爆で母が死んだ後、結局最後はアル中になってしまった。

 今で言う中小企業であったが、それでも会社の上層部は豪奢な家に住み、贅沢三昧とも言える生活を送っていた。収入の格差が狭まったのは、ほとんど全国の都市が焼け野原になった戦後のことである。

 江戸時代から戦前まで、日本の紳商とか分限者といわれる高所得者層は、ある意味文化の担い手でありスポンサーであった。戦後の一種悪平等が、そしてバカ高い遺産相続税、寄付などに対する非免税処置など日本から文化の芽を摘み取ってきたのだとも言える。

 今の多くの中小企業は社主からベテラン、中堅から若手に至までの賃金格差は非常に少ない。でなければやっていけない企業がほとんどなのだ。ところが最近の大企業では、運良くトップになった人を含めて、波風に打たれ弱い上、責任感希薄でも人並み以上に高収入を取る傾向があるのは確かで、日本経済にもう一波乱あると、ボロを出す人たちがうんと出てくることだろう。

 さて、テレビでは、国会議員や国家公務員の優遇処置や高給などをあげつらう。これでは本気で仕事をする気にはなれない。もっとおおらかに、「選ばれてエリートとして、出すものは出すから、兎に角いい仕事をしろ」というスタンスになれないものか。いつから日本人は、こんなにさもしくなったのだろうか。それともこれは、日本のマスコミだけの現象なのか。

  <参照>
 金 美齢著  『日本ほど格差のない国は「ありません!』  ワックベストセラー  980円


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