![]()
格差問題・再考(1)
「格差問題」については以前、
HPキャッスルゲイトの「時事小論」掲載
http://joumon-juku.jp/jiji_syouron/index.html
“「格差社会」は小泉政権が生んだのか”
というタイトルで、本縄文塾通信に取り上げたことがある。この時点では、「小泉・竹中チームの金融改革によって、所得格差が大きくなった」という、アンチ両者の経済アナリストやエコノミスト、それに乗っかったマスコミの突き上げだったのだが、それが今回、参議院選での民主党の主張にマスコミが便乗、安倍内閣閣僚の金銭スキャンダルと年金問題とセットになって、とうとう安倍政権の息の根を止めてしまった。
ただ違いは、前回の「所得格差」の指摘が中心だったのが、「地域格差」へという戦術転換が功を奏したことになる。年金問題でボディブローが効いたところへ、地方遊説を中心に遊説を行った、民主党小沢さんの作戦勝ちである。
この「地方格差問題」は、「所得格差問題」とは、比較にならぬほど大きく深い病根を抱えており、小沢民主党の唱える、農家への一律補助金支給=すべての農家を対象とした所得補償制度で、もし農産物の市場価格が生産費を下回ると、その差額をすべての農家に支給して農業所得を安定させるなど、耳当たりの良い総バラ撒き制度では、解決はおろか、財政破綻を招きかねないのがオチである。
お金をやるといって「嫌だ」という者は居まい。なにしろ農民の平均年齢は60歳を大きく超えているというのに、それをそのままにして補助・援助で再生するはずがない。やはりそこには、「ムラ構造改善」と「ムラ意識」からの脱却を目指して、当事者の血の出るような「技術革新」の努力抜きでは到底解決できないものなのである。そのためには、若い農民の参加が不可欠となる。
さて、農村問題は次回に譲るとして、この「地方間格差問題」に包含される事例としては、たとえば中央都市と地方都市、都市の中、町村の中央と僻地などと幾つもあって、当て嵌る事例によって対策も違ってくる。バブル崩壊後の経済立て直しにしても、「おんぶにだっこ」の金融界の「構造改善」は依然として遅れに遅れているが、政治は頼りにならないとして、自助努力を重ねてきた製造業界から立ち直りがなされてきたように、「地方格差」についても、政治や行政に依存しない「自助努力」あってこそ、解決出来るものだと理解すべきである。
すべては網羅できないとして、ここで今大きな話題なっている「シャッター通り」について触れてみたい。ご存知のように、中小都市や田舎町を中心に、かつての商店街・繁華街が見る影もなく寂れ、幾つもの店がシャッターを閉じた状態になっている現実がある。この問題はかなり以前から取り上げられながら、一向に改善しないまま、ますます増え続ける傾向がある。
某識者は、「商店街は生き物であって繁栄を求めて移動する」という至言を吐いたが、確かに正鵠を射ている。またこれを風水によって説明する向きもあるが、その本質として、(自分が客の立場になるとすぐわかることだが)「その商店街の場所と、そこで売られる商品やその価格に魅力がない。マイカーでの交通が不便である。ワンストップ・ショッピング(一箇所ですべての買い物が出来る)が出来ない」などの理由から、大型量販店に客が吸引されるばかりということに尽きるようだ。
それまでいろんな保護を受けてきた零細商店が、これもいわばグローバライゼーションの一環だが、量販店の拡大路線によって、次第に衰弱していった。しかもそのビッグウエーブは、消費者の指向に合致して行き、かつての医薬品・酒類・米穀など既得権益も次第にもぎ取られていくことになった。
といっても際零細商店に、規模拡大という路線はとても無理だし、結局細々営業するか廃業するかという、二者択一を迫られた結果が今の「シャッター通り」の姿である。
冷たいようだが、本来ならばその程度の規模や商品構成でやっていけるはずのない店で営業が出来てきたたこと自体不思議だったと言える。結局時代の趨勢が「高いが安全」という、かつての日本のアイデンティティから「安いが安全は自分持ち」という、グローバル化の道を選択した事から来ている。一面として昨今の犯罪増加は、商店街を中心とした地域コミュニティの崩壊と、不良外国人の不法滞在が引き金になっているのだ。
「経営不振」というこうした試練は、なにも商店街に限ったことではなく、中小規模の製造工場にも大きなダメージを与えてきた。バブル崩壊時、平凡に下請け工場に甘んじ、親会社からの再三の値下げ要求に唯々諾々と応じてきたところは、軒並み倒産の憂き目を見た。商店街ほど目に付かないだけの話しで、悲劇はかくも根深く且つ大きかったのである。
そこで新しいコストダウンの道を見つけ、あるいは下請けからの脱皮を目指し、血の滲む努力によって、生き残りをはかってきたのだ。さてシャッター街商店に、そうした努力や対策は為されたきたのかということも疑問である。要はここの商店ではなく、「一蓮托生・一心同体」の商店街として、内から立ち上がらなければ、そとからのアドバイスや指導には限界がある。また「自分たちはその通りにやったのに、悪いのは指導であった」という考えで、うまくいくはずはない。
起死回生、形勢大逆転という妙案などあるわけはないのだが、ここで幾つかのヒントとアドバイスをしてみたい。
1.一つの商店街を一軒の店という発想と対策を持てるか?
2.休業の店のスペース+アルファを統合して、合同の駐車場を確保出来るか?
3.量販店とは違った商品を開発する、また手作りの品を売りたい人に、格安に場所を 提供する。たとえば、棚貸しという形で、数人で一つの店を構成する。
4.アメリカには「コンセプトショップ」という、店主の思い入れの商品ばかり(例:(ネコ・フクロウ・真鍮製品・ピンク色関連など特定の商品に限定・・・)に絞って販売する店に人気が集まっている。そうした店を誘致しまた開発する。
5.量販店にはない手作りの販促を行う。
6.物販ではない目玉、たとえばパソコン教室・おもちゃ修理・集会場・保育園子育て相談所兼買い物の子供預かり所など、住民の欲しいと思う志士謁を誘致する。
7.近隣の農家とタイアップして朝市、曜日市、常設市場を開き、名前のわかった農家の安全野菜を売る。(地産地消の実行)
8.インターネットを活用して、固定客を増やしていく。
9.ご当地名物を創造することも含め、1つの商店街が志を1つにして、問題解決の進む必要がある。
以上、いろんな知恵を持ち寄って、一体化した商業・サービスゾーンを作り上げるのだ。おそらくまだ「市街地活性化プラン」に対する行政の相談や融資・補助の窓口も利用したらいい。要は、小さい組織で幾つもの分裂するようでは、まず成功はおぼつかない。まず統一した理念を造り、不退転の決意で再生を図らなければ、まず成功はおぼつかないないだろう。
なおこうしたプランにしても、いま減りつつある棚田の保護と一緒で、すべてが成功し、活性化するとは考えられない。思い切ってすべてを建築会社に売り払って、その一部で、以上述べた商業区域を確保する方法だってあるだろう。
いずれにしろ、あさは遅く夕方は早く店を閉めるという意識で、商売が成り立つはずがない。
(この項つづく)