格差問題・再考(4) ・・・ 農村問題を考える−2

 いま地方分権の象徴として道州制が論議されているが、それに合わせて「廃藩置県」から、あらたな「廃県置藩」的発想に意識のシフトをする必要があるのではないか。

 たとえばいま出羽米沢藩の上杉鷹山がもて囃されているが、それは彼が婿入り先の頑迷な藩における守旧派との戦いに勝つまでの、血の滲む努力の過程が評価されたものであって、地方自治体や農村の当事者は、なべてそうした守旧派の姿を、みずからの反面教師として重ね合わせて見るべきではないか。

 と同時に、重農時代にもかかわらず藩を挙げて(稲作に代わる)換金作物や製品をいち早く取り入れて、「一藩一品」を築き上げてきた幾多の諸藩の、目に見えない努力を今こそ再評価すべきである。

 ところが敗戦後の日本において、徳川時代に築き上げた換金作物の重要性を忘却或いは放棄して、戦後の飢餓時代を通り抜けた後も、「コメ本意」という古めかしいモノカルチャーに執着した農業システムをとり続けた政府と農民、そして農協=JA
のあり方、すなわち「ヤヨイズム」からの脱却が未だに出来ずにいる農村部あるいは中山間地の疲弊は甚だしい。

 いま農村部の改革には、大きく分けて農業・林業自体の改革と、工場誘致など外から異業種を誘致、都市部からの移住など2つに大別される。前者には、硬直化した村役場や農協の意を体した国の農林行政(或いはその逆)が、異業種参入を阻害し
てきた。農民はニューカマーに対する「拒絶反応」に近い排他意識=ムラ意識が根を張ってムラ構造の改革を拒否してきた。

 こうした仕組みを破壊して、新しい「ムラづくり」に取り組むためは、外からの力だけでは、なまなかに為しがたい難問と言わなければならない。地方格差の非をあげつらうだけでなく、「自ら変わること」を第一義としない限り、不可能というべきであろう。

 いま農村部、特に中山間地の疲弊は、高齢化と併せて甚だしいものがある。平均休耕田・放置田は増え続け、専業農家は減る一方で一向に増えない。過疎の町には郵便局も無くなり、携帯電話が使えないようなところに、若者が居着くはずがない。

 平成大合併を機運として過疎地脱却を目指し、内も外もこぞって全く新しい「ムラづくり」に取り組まなければ、明日の農村はない。

 なお、農林業の惨状と無為無策に終始した農水省の有り様、農村の今後の対応について、私の電子図書ホームページ「キャッスルゲイト」のメイン論文『森と人の地球史』で幾つかの試案を
  ○第10章 「日本の抱える難問と解決策」
      第2項 http://joumon-juku.jp/mori&hito/102.html
      第3項 http://joumon-juku.jp/mori&hito/103.html
取り上げている。ここでは主として森の再生を、休耕田の救済と併せて取り上げているので、ぜひ参照願いたい。

 ここで具体例とまでは言いにくいが、農林業改革のための、いくつか試案を提示してみよう。


1.農村再生にコメ対策に限定する愚は避けよう
  前述ホームページ『時事小論』より、
   “農業自給率のデータは本当か?”
      http://joumon-juku.jp/jiji_syouron/48.html

 でわかるように、日本において100%の自給率を維持しているのはコメだけである。本論文で指摘しているように、この自給率には、飼料やビール・味噌・豆腐などの原料としての麦類・大豆などは含まれていないため、実際の自給率はまだまだ低くなるのだが、これを国産化することは、価格的に不可能に近い。

 あとは食料安全保障の面からみて、野菜や果物などの安定した国内生産と、出来れば輸出までを視野に入れた対策を講じるべきである。従来ちょっと市況が良ければ猫も杓子も増産して「豊作貧乏」に陥り、いたずらに畑で腐らすという悪循環を続
けてきた。これからはインターネットを活用して、全国ネットでの計画生産と柔軟な流通を行い、それでも問題がある場合のリスクヘッジ対策を行うことと、コメ一本主義バラマキ支援を脱却して、その分を必要に応じて限定して救済処置に回すことを期待したい。


2. 一般企業の農林業参入を阻害するな

  「緑のオーナ制度」の破綻 (2)
     http://joumon-juku.jp/jiji_syouron/70.html

 でも指摘したが、これこそいま喫緊の急務だといえよう。いまだに一般企業の農林業参入には、有形無形の障害があるやに聞くが、今後特定国間のFTA(自由通商)協定が不可避の条件として進行する中、まず国内での規制緩和を優先すべきではないか。このままではますます食糧自給率の低下に拍車をかけるばかりである。すなわち誰でも農業に参加できるという「国内自由化」である。

 農村の平均年齢が60歳を超える今、子や孫が農村を忌避するという風潮の中で、企業・個人を問わず、同じ日本人の参入を拒む理由がわからない。農業の大規模化と農民の農業労働者としての新しい生き方から、若者のUターンも期待できるはずだ。
農民の土地執着は理解できるが、今では「定時借地権」制度によって、不法な居座りは排除されるのでいささかも心配ない。

 最近「集落営農型農業法人」というシステムが喧伝されている。はたしてそれが日本農業の救世主たり得るか? 残念ながら答えはノーである。なにしろ資本もなく年齢も高く、それぞれ異なった規模の寄り合い所帯で成功はおぼつかない。以前筆者の経験で、これに類似した(任意)法人の養鶏組合が、ことごとく失敗した例を体験している。

 とにかく無条件での参入を許したとして、誰も好き好んで参入するとは思えない。それほど農林業は疲弊し、先行きの暗い産業だと自覚すべきだろう。むしろ大きな持参金を付けて誘致すべき事態だと知るべきだろう。そのため、

A,改革委員会の設置
 まず改革委員会を設置し、改革すべき問題点はなにかを拾い上げる。メンバーは幅広く求めたいが、役人はオブザーバー或いは書記の仕事に限定する。出来れば外部から、実績のある農業専門家・他企業のOB、大学の先生(名前より実績のある若手)などに参加して貰い、問題点の徹底討論する。

B.メンバー資質の選定
(1)自分の周辺を見渡してみて欲しい。ある提案を行った場合、「ああ言えばこう言う」で、その場ですぐに否定し、疑問を投げかけ、そのくせなんらの対案を示せない人がいないか。そうした人をまず排除すべきだろう。

(2)なにしろ「コメ文化」の弥生は、もともと、(水田稲作と金属器を持って)縄文の地にやってきた渡来人である。いわゆる外からの人だったではないか。いまこそ「ジョーモニズム」を暖かく迎え入れることこそ、なによりの急務ではないだろうか。

  <付 記>
 同号の最後に記載した“縄文が日本を救う!”(59)『「ジョーモニズム」とはなにか』を参照下さい。(中村)

                          (次回につづく)


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