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核武装は「是」ではない 「目には目を〜」ではなにも解決しない
北朝鮮における核実験・ミサイル発射実験以来、日本でも「核武装論議」がかまびすしい。唯一の被爆国として「絶対駄目!」式の核アレルギー発想は論外としても、西欧型のバランス・オヴ・パワーという発想、「目には目を〜」と言う報復型では、決して物事は解決しないことは、中東の紛争、インドVSパキスタン、イランの動向を見ても明白である。
日本が戦後60年に亘って、お仕着せだと言われる「平和憲法」を後生大事に護ってきたことは、本来平和を欲する国民性のなせる稀有の現象であって、ただ現実性に欠けるとして、無闇に非難されるべき問題ではない。
お断りしておくが、私は決して「絶対的平和論者」ではない。たとえば防衛省ではなく、「国防軍・国防省で何が悪い」という思想の持ち主でもある。
(HP・キャッスルゲイト、「時事小論」より)
http://joumontn.com/jiji_syouron/15.html 参照
ご存じのように、何から何を護るのか不明な「防衛」という言葉のおかしさを指摘したもので、「絶対平和」などあり得ないと言う視点は変わりない。
しかしながら、集団的自衛権の問題一つ満足に解決できず、国の最高機密を守る国家機密法すらない国柄の改善すらままならないようでは、「核武装論議」ですら時期尚早というよりもむしろ、「その資格がない」と言う方が当たっている。
今必要なことは、周辺状況の変化から、従来の地政学的枠組みの徹底的見直しであり、それを怠ってきたことも事実として直視する必要性である。すなわち制海権から制空権へのシフト、また航空機による制空権から、ミサイル及び軍事衛星という「制宇宙権」とでも言うべき時代への対応である。
国力から言って、北朝鮮などと言う、いわば取るに足らぬ国の脅しに対して、膨大な軍事費を掛けた自衛隊の装備の多くが陳腐化しているか、あるいはものの役に立たないことに気付かねばならない。
また軍事的常識だが、国際的世論の非難を浴びる都市攻撃よりも軍事基地の攻撃を優先して、防衛力を排除する方を選ぶことを重視すれば、まず為すべき事は、そうした攻撃に耐える堅固な基地の構築なのだが、果たして政府にしろ防衛省にしろ、どこまで認識し、実行されているのだろうか。さて防衛手段は別として、では安全保障としての核武装以外の対策はあるのか。
私はあえて、日本という縄文以来、平和の技術を継承してきた日本において、世界に貢献する「平和的技術」の存在価値を最大限に謳うべきだと確信している。
荒唐無稽と嗤われるかもしれないが、私は日本という、縄文以来平和の技術を継承してきた日本において、世界に貢献する「平和的技術」の存在価値を最大限に謳うべきだとしている。
私の電子図書HP・キャッスルゲイトの中の、『”平和的日本技術論”第2章』
http://joumontn.com/gijyutu/02.html
の中で、唐津一『日本のものづくりは世界一』を紹介しているが、氏は、
「製造業に話を限ると、中小企業はものづくりニッポンの屋台骨を支える、大切な存在だ。そこには大企業顔負けの技術力がある。日本には世界市場でもトップシェアを誇る中小企業が、それこそ星の数ほどある。2006年4月に中小企業庁が発表した『元気な
モノ作り中小企業300社』には、そんな企業がずらりと並んでいる」 (後略)
と述べ、「マスコミよ もっと中小企業を取材せよ」として、その中から世界シェアが60〜100%を占める企業を紹介している。
氏が強調するのは、マスコミが常に取り上げる、自動車・家電・ディジタル機器以外、日本のモノづくりの中心になるのは、特にロボットや機械を造る機械=マザー・マシーンなどの精密機械であり、IT機器の精密部品、マザーマシーンと呼ばれる工作機製造マシーンであり、造船・製鉄などの重工業である。
日本製品の凄さは、まず省エネであり、省公害性であり、それに省資源性である。今度世界中のモノづくりに、日本の技術と、それが生んだ幅広い製品群が不可欠だと謂わざるを得ない。しかもそうしたハイテクだけにとどまらず、すでに日本との競争を諦めたハンドテクノロジー製品も多い。ベアリングやワイヤーそれに螺鋲も然り、それこそ挙げればきりがない。
しかもこうした製造部門で、高いシェアを持つ日本企業や工場は、(大企業まで加えると)それこそ無数にあるわけだが、それが日本の全国各地に散らばっているのが現実である。
従来の発想では、日本の製造業にダメージを与えることは日本の国力にダメージを与えることと同義であったが、国際化が進みんだ昨今では、日本の受けたダメージが、そのまま世界的に大きなダメージを与えることに直轄していることに気付かねばならない。
ということは、もしどこかの国が日本を攻撃することで、そうした企業・工場にダメージを与えると、それこそ世界中の企業がその機能を失ってしまうことになりかねない。また直接工場群に被害は出なくても、近辺の発電所に止まらず、道路・港湾設備というインフラに被害が出れば、結果は同様である。そうなると世界中の非難が、攻撃した国に殺到すること請け合いである。
これは空想でも思い込みでもない、大きな教訓があるのだ。
1995年1月17日未明、突如阪神・淡路一帯を襲った大地震は、死者6434名、行方不明者3名、負傷者43792名、崩壊および火災家屋25万棟という大惨事を引き起こした。そうした中で、(ご記憶のある方も多いと思うが)全く違った面で、世界のIT業界に大きなパニックを引き起こした事件があった。
これは地震などの災害によって、特殊な半導体(あるいはその特定部品だったかの)製造工場が被害にあって、供給がストップするかもしれないというニュースであった。この事実は、我々日本人が意識するしないに拘わらず、日本の一企業、一工場の動向が、ストレートに世界中に大きな影響を与えるという現実である。
近くでは2007年7月、新潟県中越沖地震で被害を受けた自動車のピストンリンク・メーカー「リケン」の被害が、日本自動車業界の全メーカーに多大な影響を与えたことも耳新しい。
繰り返すが、そうした企業・工場が、それこそ日本中に無数に散らばって存在する。従って日本を攻撃することは世界中の非難の集中攻撃を覚悟しなければならないのだ。これこそ大きな「安全保障」だと謂えるのではないか。
こうした「モノづくり立国日本」という国柄を、ことある毎に世界に発信していくことが、「核武装」をするよりも、遙かに大きい抑止力になることに、私たちは気付かねばならない。