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藪睨み住宅ローン考(2) ・・・ 諸悪の根源「持ち家制度」
現代日本住宅事情
最近のマンション建設ブームは凄まじく、広島市の拙宅周辺でも回りをすっかりマンション群で取り囲まれてしまった。すでに秘本での総住居数は飽和状態だというから、だったら古い住宅はうまく取り壊されているのだろうか。最近格差問題が大きくクローズアップされているが、古い格安の物件が増えることは、考えようでは、そうした人たち取って朗報になるはずだが、果たしてうまく回っているのだろうか。もし古い住居やマンション・アパートなどがそのまま放置されたら、非行や犯罪の巣になりかねない。
ここでアメリカの住宅事情と比較すると、国土の広いアメリカ=木造1戸建ち、狭い日本=マンション優先となっているが、その差だけでなく両国の住宅関連の事情には、いくつも大きな違いが見て取れる。
まず日本では、中古住宅市場が完備していないため、決してうまく機能しているとは言えない。日本では、「住居は、不動産」という発想が強いこと、それに(最近では特に)住居を手入れするという発想がない。しかも日本人は「自分の家が欲しい」という脅迫観念に近い意識があり、悪いことに賃貸住居でも、建築費を織り込んだ、前金(権利金・敷金)に加え、家賃もそこそこ高いため、借家よりも持ち家の方が有利だという発想になり勝ちのようである。
ただ、昔を知るものとして言わせて貰えば、自分の家を持つなど、まさに稀少現象であって、ほとんど借家社会だったのである。それが何故今「持ち家時代」になってしまったのだろうか。以下想像だが、その理由を考えてみたい。
昔はよかった!
戦前の日本では、収入によって棲む場所や家のサイズ、そして造作などが変わっていた。そのことが封建的だと言ってしまえばそれまでだが、それぞれ町には、その町に応じた情緒があったものだ。
たとえば下町では道には水が撒かれ、ベンガラ格子の軒下には、鉢植えの草花が色香を競い、風鈴が涼しい音色を上げ、子供達は駄菓子屋に群れ、大店(おおたな)の隠居も「○○寓」の表札を掲げてひっそりと余生を楽しんできた。退職軍人もいかめしい髭をひねりながら散歩を楽しんだあり、子供達に習字を教えたりしていた。夏には将棋を楽しむ人、回りからから口出する人がいた。色っぽいお妾さんが、銭湯から帰りの仇(あだ)な流し髪も見られたものだ。もちろん幾つか造作や大きさの違う長屋であっても、大店を除いてほとんどすべて貸家だった。
サラリーマンや役人は、収入が上がると次第に高級な住宅街に移っていく。同じ長屋でもここでは塀付きの家になる。勿論一戸建もあれば長屋もある。勿論いずれも貸家である。持ち家は極端に少なかった。それが戦後なぜ貸家が姿を消し持ち家中心に移行していったのか。
これも推察だが、アメリカの無差別爆撃で、ささやかな規模の家主や地主が財産を消失して、二度と立ち上がれなかったからではないか。また戦後無秩序に建てられて個人の不法バラック建築が次第に整理されていった段階で、土地保有者はマンションや住宅建築会社に、土地を販売し、同建築会社は、建築費の一定部分を権利金として加え、居住者に販売あるいは賃貸していくようになったのだろう。土地所有者、一軒から数件の権利を貰うことになる。
ご存知のようにそれが今では、都市部の街中では「隣は何する人ぞ」、ほとんど顔も職業も、いつから居るのかもわからない状態になってしまった。しかも商業やビジネス施設やサービス業関連建築物が集中したダウンタウンと、住宅街が分離したアメリカと違い、まるで「ごった煮」のように、個性も統一性も、あまつさえコミュニティーとしての機能を喪失したのが日本の建設事情であり、住宅事情なのである。
持ち家制度が諸悪の根源
たしか宮沢喜一氏が、大蔵大臣か総理大臣だったときだったか、池田内閣の「所得倍増論」の向こうを張って、「オール持ち家制度」を打ち出したことがある。そこから日本人の「持ち家志向」が非常な勢いで強まって行った。
日本での「住宅金融制度」の詳細については割愛するが、筆者は日本社会がおかしくなり、しかもバブルを崩壊させた「諸悪の根源」がこの「持ち家制度」だと決め込んでいる。
その背景として筆者は、(素晴らしい「衣文化・食文化」を持ちながら何故か)「住文化はなかった」という説を採っている。くわしくは、
キャッスルゲイトHP 「日本の文化」より「住の文化」参照して欲しい。
http://joumon-juku.jp/japan_culture/sumai.html
結論としては、「日本人は、住文化を犠牲にして<衣・食文化>を洗練させて行った」というものであって、日本人が収入の大きな部分を「住」に割いたことで、衣・食文化をも低迷させ、デフレ脱却が遅れに遅れたことになったというのが結論である。
「諸悪の根源」の、最大の事例を挙げてみよう。今から11年前関西を襲った「阪神淡路大地震」の際、多くの集合住宅が崩壊した。その内の多くが購入したての分譲マンションだった。彼らには、壊れて住めなくなってしまった住宅と、建て替えるあるいは買い換える住宅費という、「ダブルローン」の重荷が、ずっしりと肩にのしかかってきたのである。
さて1昨年末、姉歯建築士による「耐震構造偽装事件」が発覚した。ここでも不法建築として、折角購入したマンションが取り壊しの憂き目にあった。再び不幸な「ダブルローン」が発生したのだ。3年前の「中越地震」、そして今年の「中越沖地震」でも、持ち家の崩壊は庶民の懐を直撃したはずだ。何時どこで地震が発生してもおかしくない日本、まだまだ多くの被害予備軍を抱えていることになる。
もしこれらがすべて賃貸だったらどうか。人的被害がなければ、当然次の新しい住居に移ればいいだけの話である。そうでなくとも部屋中(不要な)物が余って、捨てるのに困っている日本人、移り住んだ家で清々して新しいシンプルライフを楽しめばいい。
もし地震も火事も起きなかったら…。戦後まだマンションが普及しなかった日本の住居は、郊外の団地に建てられた、猫の額ほどの敷地に建てられた、30年もすれば老朽化してしまう程度の粗末なプレハブの代物だった。当時なけなしの金をはたいて買った虎の子の家、簡単に移動も出来ないわけだから、勿論すぐに陳腐化してしまった。
しかも時代が経てば新しい地位と収入に似合った場所ではなくなってしまう。新しい便利で立派な住宅団地が続々と建設され、次第にマンションブームもやってくる。それでも何度も家を買ったり移動したりという事に慣れない多くの人は、不便を感じながらもずっとそこに住み続けることになるのだ。
しかもそのなけなしの財産はたいて買った住宅の支払いがやっと終わったころ、立て替えの必要が生じるし、今度は子供達がそれを虎視眈々と狙っている。
不便なところに疲れ果てて、子供にでも呉れてやって、便利な街中のマンションにでも〜、というのが、一種のライフスタイルになっているのが、案外今のマンションブームの下支えになっているのかもしれない。
最近のニュースでは、住宅ローンを払えなくなっての家庭悲劇や、消費者金融の不払い問題が多発しているようだ。今日本を立て直すとしたら、1日も早く、なんとか「持ち家制度」から脱却して、好みの身分相応の賃貸住居に切り替えることである。すでに飽和状態の住宅事情から見て、案外今のマンションブームも、どこかで終焉を迎えることだろう。家が建たなくなれば住宅会社の生きる道はない。まさかサブプライムゾーンほどではないとしても、今後十分注意して見守る必要があるだろう。
耐震構造偽装だけが問題ではない
前述阪神淡路大地震では、多くの集合住宅が崩壊した。そのため新たに耐震構造の改正が行われたのだが、日本全体には旧基準による集合住宅がそのまま使用され続けていることを忘れてはならない。いまどこで地震が起きても、そうした住居が危険にさらされている。しかも未だに日本の建築の大部分を占める、古い都市部の木造住宅は当然崩壊や火災の恐れが大きい。
その昔、バブル崩壊以前の「住宅ローン」は、価格は高いし利息も高かった。元利合計すると価格の倍は支払うようになったものだ。未だにそうしたローンをせっせと払い続けている人も多いだろう。確かに今では購入価格も利息も安くなった。ただ安さに釣られて耐震構造偽装の家をつかまされた人も多い。また安かった代わりに、壁が薄くて騒音に悩まされる人だって多いだろう。
またマンションを投資の対象として買う人も多いとか。買った部屋を人に貸して、家賃を稼ぐのだそうだが、最後まできれいに使ってくれて、しっかり利殖になるのなれいいのだが、はてさてこんなに激しいマンションブームで、うまく利益が回ってくれるのかどうか…。
さて<参照>とした「住の文化」だが、主として「日本住文化不在論」である。その中で、忘れていてあわてて書き足しのが、「縄文時代には、夏涼しく冬暖かい、竪穴住居という<住文化>があった」というくだりである。
今「外断熱」とか、「収納スペースの広さ」を謳うPRは多いが、竪穴住居にみられるような、「一家団欒」を謳う住宅は、残念ながらお目にかかれない。
キッチンはドイツ、リビングはアメリカの模倣で、全体的には古い日本家屋様式を踏襲している。外側もだが内側は、襖障子を鍵付きドアに変えてすっぽり密封し、個室となった子供部屋で、親になにも知られずに過ごせるような、歪んだプライバシー優先の住居にしたことが、ダメ子供を量産しているという現実に、私たちはそろそろ気付かねばならない。
少なくとも、「一度は家族の顔を見なければ自分の部屋に行けず、外にも出られない」というかつての日本住居の持つ性格を、今の密封型住居(だからこそ)に採用していくことが肝要であろう。
住宅ローン問題から外れてしまったが、持ち家制度罪悪論者の藪睨み論評として、寛容願いたい。