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『厚黒学』とはなにか? ・・・ これがチャイナの本質だ!
李宗吾と厚黑学
この聞き慣れない『厚黒学』とは一体なにか。実は「厚かましく腹黒いことを正当化し推奨?する学問・学説」のことである。こんな説があること自体、我々日本人には信じがたいことだが、事実チャイナにおいては広く流布してきたもののようだ。
「厚黒学」を提唱したのは、四川省富順県自流井(じりゅうせい)の出身の李宗吾(1879~1943)、もとの名前である世全から宗吾に改めた。宗吾とは、「吾を宗(もと)とする」意で、ペンネーム(筆名)を「獨尊」と号した。
もっとも彼は当初儒教を学び、孔子を尊崇していたが、理由は不明だがその後考えを改め、孔孟の道は所詮自分の目指すべき道ではないと考えるようになったという。
古今の学に通じていた李宗吾は、科挙に及第し、早くから教育活動に従事し、中国校長を始め、教育庁副庁長・督学(教育長)などの要職を歴任するが、次第に腐敗しきった環境に愛想をつかし、もっぱら著述の筆をとようになった。
考えてみれば、そもそも厚かましく腹黒い事を推奨する「厚黒学」を説く者が、教育長を任じたり、「腐敗しきった環境に愛想をつかす」のもヘンな話だが、そこがチャイナという国柄の国柄たる所以かも知れない。
彼は「厚黑教主」と号するように、たいした自信家でもあるが、時あたかも孫文らの革命勢力による辛亥革命(1911年)によって清朝が崩壊し、中華民国が設立されたいわゆる「清末民初」という時期だったこともあってか、彼の「厚黒の実践」を説く文が成都の「公論日報」に連載され、盛名をとどろかすことになった。
はじめの頃は、物議を醸すような赤裸々な表現が多過ぎてか、世論の大きな反発を招いたことから、一時掲載を中止して題名や表現を改め、1934年に『厚黒学』3巻を発売するや、即日売り切れるという人気を博した。
「厚黒学」とは?
「厚黒学」は、厚かましく腹黒いことを正当化する説だから、当然「性悪説」のカテゴリーに属する。「性悪説」は、紀元前3世紀ころの思想家である荀子(じゅんし)が、孟子(BC372年? ~BC289年)の「性善説」に反対して唱えた説である。
荀子の「性悪説」は、「人の性は悪なり、その善なるものは偽(ぎ)なり」という主旨だから、李宗吾の「厚黒学」の主張はそれを論拠としたものである。「厚黒学」は、類例として多数の歴史上における人物と行動原理を示して、「厚黒であれば成功し、不厚不黒の者は失敗する」と唱えた。
以下、李宗吾の挙げる実例の一部を紹介すると、
1. 魏の曹操
彼は旧友・ブレーン・主君とその妻子を殺しても、なんらやましさを感じず,「自分は人に背いても、人に自分を背かせない」と豪語した。こうした才能があったからこそ、一世の英雄に成りおおせた。
2. 蜀の劉備
彼は曹操・呂布・劉表・孫権などの有力者を次々に頼りながら、あちこち臆面もなく逃げ回る等、他人の厄介になりながら、いささかも恥じるところがなかった。
しかも自分では処理できない問題は他人に泣きついて状況を有利に進めたところから、世間より「劉備の領土は泣いて手に入れたものだ」と言われた。
3. 越の勾践
会稽の戦いで呉王夫差に敗れると、妻も妾も差し出し、みずからも呉王の奴隷に身を落とし「臥薪嘗胆」の末、密かに富国強兵を行って呉に復讐を遂げる。
ところが今度は、呉王夫差が妻妾を差し出して命乞いしても、一切、耳を貸さず死に追いやってしまった。これぞ究極の厚黒である。
李宗吾語録と実践例
「天は人を生じたとき、我々に厚みをもつ面と、腹黒さをもつ心を与えた。凡そこの世の功名富貴、いずれもひとつとしてこの厚黒の作用から発しないものはない」
厚黒の三段階
第1段階:「厚きこと城壁の如く、黒きこと石炭のごとし」
第2段階:「厚くてしかも硬く、黒くてしかも光る」
第3段階:「厚くてしかも形なく、黒くてしかも色なし」
また実践例として、
1.簳(やがら)が刺さったので外科医のところに行ったら、外に出た簳の幹の部分だけを切り取って、治療代を請求し、刺さった鏃(やじり)の部分は内科医の仕事だと言えと言った。
2,頼み事で人が来ると、「其奴は賛成だが、某々にも相談しては」と言い逃れよ。
3.鍋のヒビ修理に鋳掛屋を呼ぶと、理由をつけて主人を外させ、ヒビを叩いて大きくし、修理代を増やしても、双方満足する結果を得る。
我々から見ると、「よくもまあ イケシャアシャアと1」と唖然とするばかりであるが、ダンボール饅頭などを見ても、この国ではこうした行為や考え方が受け入れられる素地がある事を知るべきだろう。
日本も厚黒だった!?
なお李宗吾は、「日本も厚黒立国なり」と言ったという。理由として彼が挙げた日本外交は、
1. 強盗式外交である。
時には理不尽にも武力で略奪する盗賊と同じやり方をした。
2. 娼妓式外交である。
時には甘い言葉で歓心を買い、娼妓が客に媚びるようにして盟約を結ぶが、約束事は守らない。
さて、皆さんいかがですか。この『厚黒学』は実に1千万部売れたという超ベスト
セラー・ロングセラーだと言うことから見ても、以来チャイナの施政者達が厚黒学を信奉して内政に当たり、外交に応用してきたかと考えると、今まで掴み所のなかった闇の国チャイナの本質が見えて来るではないか。
「厚黒学」を知ればチャイナが見える
言うまでもなく、チベットや新疆ウイグル自治区・内モンゴルなど周辺の国々を強引に武力や策略で併合した方法や、日本の排他的経済水域すぐ近くでのガス田発掘や尖閣列島の領有権帰属の先延ばしなどなど、まさに李宗吾が日本に当てはめた、強盗式外交のそのまま裏返しではないか。
また急成長に伴うエネルギー資源獲得のために、人種差別などの人権問題や内戦、汚職の横行がはびこるアフリカのアンゴラ・ナイジェリア・スーダン・ケニアなどに、「内政に干渉せず、援助を拡大する」、あるいは「援助にはいかなる政治条件もつけない」という方針で援助を行っている背景にも、「厚黒学」の影響が見て取れる。
しかもこうしたチャイナの行為が先進諸国から非難され、顰蹙を買っても一向に動じないなど、まさに厚黒学のスタンダード実践そのものではないか。
悲しいことに日本には、(知らぬ事とはいいながら)DNAに組み込まれた「性善説」から一歩も抜け出せぬ、というよりむしろ無知から来る媚名派・属国根性丸出しで「娼妓式外交」に終始している日本政府そして福田首相がいる。
言うまでもなく福田さんは、「厚黒大王」胡錦涛に苦もなく丸め込まれて、上野動物園のパンダ、リンリンの代わりを提供して貰う代償として、ガス田発掘問題・毒ギョーザ事件には目をつぶり、オリンピック開会式への参加を公言するのオチではないか。
注:本文は,縄文塾塾友、東洋思想研究家、熊本謙次氏の講話とウィキペディア「李宗吾」に依拠した。