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葬式や〜めた!
死ぬのが怖い!
余程行い済ました名僧ならいざ知らず、人間誰しも死ぬのは怖い。勿論病弱ながら喜寿を迎えた私だって例外ではない。ところがその未練がましい私に大きな転機が訪れたのだ。
縁あって広島大学大学院で比較宗教学の教鞭をとっていらっしゃる町田宗鳳先生と親しく接する機会を得て、いろんなご指導にあずかっているのだが、町田先生のご本の中で、『前衛仏教論』という、文字通り感銘の1冊に出会ったことから、一転「死の恐怖」から解き放たれたのである。
と言っても薄っぺらな精神構造の所有者である私めが、突然悟りを開いたわけでもなんでもなく、同書の中で、『葬式は必要か』という箇所を読んで、ようやく私を掴んで放さなかった「死の恐怖とはなんだ」という、難題の答えの一端を豁然知り得たのである。
実は私の「死の恐怖」の大部分は、何を隠そう「葬式怖い!」だったのである。
考えてみると、私はどうも現代風葬式の雰囲気が理屈抜きで大嫌い、大の苦手だったのだ。まあ葬式が好きな人などいないだろうが、多くの故人には誠に申し訳ないが、いつも葬式のあった前後は気が滅入ってしまうのだ。
特に嫌なのが、「故人と最後のお別れをして下さい」と言って、周りに置いてある生花を棺(ひつぎ)の中の、死者の顔の周りに手向けるという怖じ気をふるうような儀式?である。
私にとっては、口聞かぬ死者ではなくて生前の元気だった頃の故人の思い出こそが大事である。
ましてやいざ私の葬式に当たって、「なんで今更貧弱な死に顔を参列者に晒さなければならないのか」という思いに取り憑かれることになる。しかも聞き及ぶところ、かなりの大金が掛かると言うではないか。
縄文時代いやいやもっともっと以前、サルからようやくヒトに進化した頃まで遡って、「ヴァーチャル・シミュレーション」することを提唱してきた私の性格をもってしても、今の葬式の有り様と、「死に顔拝見」という儀式には、「お〜嫌!」と身震いするばかりである。
かくしてやっと私の恐怖の正体が見つかったのだ。とは言え、本当に恐怖心ゼロになったかというと、正直しに直面したら果たしてどうなのか、決して大きな事言えた柄ではないのだが……。
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| 映画 ” おくりびと ” より |
葬式は必要か
さて町田先生のご本から「葬式は必要か」の部分をかいつまんで──それに私なりの勝手な補足や拡大記述を加えて──紹介すると、
1. 死に当たって葬式費用・読経料・戒名作成費などに大きな費用を掛ける必要があるか。
2. 引導を渡してくれるお坊さんが、行いすました名僧とか法力の強いお方ならまだしも、(まあそんなことは無理というものだろう。特にこの部分は私の補足)。
3. それよりも自分の生前の経験や思想、特に死生観に似合った葬儀があるのではないか。まさか「鳥葬」はムリだとして、たとえば生前葬・音楽葬・山や海に散骨するなどの「野辺送り葬」…。なんでも最近では「樹木葬」というもので人気があるということだ。
4. 戒名にしてもしかり。日頃の我が生き様に無関係な坊さんに、なにも高いカネを払ってまで創ってもらうくらいなら自分でつくりなさい。
その部分を読んだ途端、「その手があったか!」と膝を叩いて大いに納得。以来ウソのように気持ちが楽になり、死の恐怖が消え去ったのである。
実は「死ぬのが怖い」ではなくて、「葬式怖い」だったのだ。
といってなにも、ただお金が惜しいというわけではないのだが、文字通り「死に金」よりも、折角なら自分の好きな形で「生き金?」として使いたいではないか。
ちなみに町田宗鳳先生は、14才で家出して京都の臨済宗大本山大徳寺の小僧となり、その後一念発起して、34歳の時に渡米してハーバード大学神学部で修士課程、ペンシルバニア大学東洋学部で、「法然」をテーマにした論文で博士号を取得された、まさに波瀾万丈・破天荒な経歴を持つ異色の宗教者である。
その後プリンストン大学・シンガポール大学を経て、現在上記広島大学院で教授として教鞭をとる傍ら、実践的宗教を目指して世界の学生との交流講座開設から、「SOHO禅」「ありがとう禅」の実行やボランティア活動をなさっていらっしゃる。
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| 一般的「葬式」モデル<これが怖いのだ!> |
「中村式自分勝手葬」の概要−1
そこで「よ〜し、では「自分勝手葬」をしよう!」と決めて、早速まず手つかずだった遺言から始めることにした。
まず公式なものと、補足的なものに分けて作成する。
公式なもの遺言としては
1. 不要な延命処置は採らないこと。
2. 密葬にする。
がメインで、財産などあるわけないので後は至極簡単ものである。
次ぎは戒名だ。わが生き様ざま)について何も知らぬお寺さんに付けて貰うより、自分が創るほうが余程的確ではないか。ということでなんとは自作すことにすることにした。
さて問題のメインテーマである「中村式自分勝手葬」だが、実はこの企画?をあれこれ考えるのが──ワクワクしながらといったら少し大げさだが──案外楽しいものである。
さすがにここ最近は減ってしまったが、今まで会社の時代から縄文塾でも、実に多くの催しを開いてきた。曰く、展示見本市・グループ懇親会であり、「縄文塾アート展」など、いわばお得意の分野である。今でも年に一度、年末に「縄文塾講演と懇親の集い」を、当日の会場での運営以外は一人で全部を受け持っている。
「中村式自分勝手葬」の概要−2 ・・・ ハイブリッド葬として仏式+神式?
いい気になって周辺のいろんな方に「中村式自分勝手葬」のことをお話ししたところ、予想以上に興味を示す人多くて驚いた。なにも「葬式嫌いは自分だけではなかったのだ!」
中にはうんと若い方なのに、すでに遺言で「密葬だけ」と決めた方がいらっしゃることには一驚した。
ここで「中村式自分勝手葬」概要を紹介しよう
1. まず親族だけでの密葬を済ませて、49日を目安に(ネーミングは未定だが)「自分勝手葬」を開く。
2. あらかじめ幾つかのグループに分けた実行委員会を(勝手に)つくって、知人友人に案内をしてもらう。
3. お返しなしの会費制として、会費以上の食事と飲み物を準備する。
(今までの葬式代に張ることを考えればやすいものである)
4. 間違っても喪服をきて来ないように、平服着用を唱う。
5. 仏式の読経は一応今のお寺さんに、短い法談併せて御願いする。
6. 縄文×弥生のハイブリッド様式として、神道による回向?も行う。これはあらかじめ、縄文塾の塾友で神主資格を持った方にお願いすることにした。
7. 縄文の祭りをイメージして、歌・音楽などで賑やかに、飲んで歌って食べて楽しく過ごして貰う。
8. 抽選で形見分け(と言って碌なものはないが)を行う。
「あ〜楽しかったなあ! 自分の時にも…」と思っていただくことが、なによりいい餞(はなむけ)になるという思いである。
最近しょっちゅう逢っている旧制中学時代の友人の一人K君に「中村式自分勝手葬」の話をして、その時は「同期会関係の世話人を頼む」とお願いした。
実は大学時代、肺結核を患い四年間の療養所暮らしの後、なんとか職について7年近く広島を離れていたこともあって、何度か「どうもあいつは死んだらしい」という噂を流された経験のある身だし、実際何度も死にかけた経験者だから、「あいつもとうとうくたばったか!」とか、「死んでまでお騒がせな奴だなあ!」と話題になるのも一興である。
「ふんふん 面白いのお ええで!」と、すぐに快諾したK君、「そして何時やるんやあ」には口あんぐり。
それはないだろう、まさか生前葬ではあるまいに……。第一もし生前葬をやって、「あいつまだ生きているのか」とか、「あいつ何度生前葬をするつもりか」と言われるのはご免である。「まあ49日前後だろう」というとやっと納得してくれた。
さてそこまでは順調だったが、まだ大きな課題がある。今まで私の縄文塾で開催した会は、大体出席数が把握できるので会場の設定は簡単である。ところがこうした初めての催しとなると、皆目(かいもく)出席者の目安が立たないのだ。
入りきれなくては困るし、逆に広すぎてもおかしい。といって前もって出欠を取るわけに行かないし…。ことほど左様に、半分楽しみながら「自分勝手葬会の青写真を描いている昨今である。
戒名で悪戦苦闘
さて「戒名」の後日談である。相談を持ちかけた町田先生に、(ご本にあるように)「やはり(創るのは)自分でしょう」と言われた。それはもっともなのだが、カミさんの言葉もある。そこで折衷案として「半分私で半分先生」とお願いした次第。
ところがいざ創るとなるとこれが大変である。戒名にはお金か地位かで上・中・下があるようだ。それに本院(浄土宗だから知恩院か?)に収める上納金が必要とか、院号・道号とつづいて、「居士」を付ければ時価20万と30万とか、これも遺言で、本部に上納金は納めないと明記しておこう。
なんでも上は「大居士」とか「大和尚」まである。若いときに奈良のお寺を継ぐのがいやで飛び出した祖父には、「老和尚」というものものしい称号がついている。とてもそんな資格も気持ちもないので、そこはまあ「居士」で済ますとして、まあ院号くらいは欲しい。
そこで悪戦苦闘して、あまりパッとしないが、なんとか『縄文院 緑○ 忠恕 居士』までは漕ぎ着けた。勿論緑は、わが畢生の大作?『森と人の地球史』の森から来ているし、縄文は言わずもがな、「忠」はわが名の「忠之」からである。
会運営上の課題!?
もう一つの課題だが、同会の実行委員それに実行委員長の人選である。特に委員長となれば、当然私より年長者が妥当となる。とするとその時まだお元気かどうかという心配がある。だから前もってお願いというわけにはいかない。
私たちが、仏教といえば、「葬式」「法事」「お墓」など、死者を弔うのが仕事というイメージを持ち、意味不明のお経、丸儲けする坊主という固定概念から、そろそろ解き放たれる時期ではないか。
私なりの「自分勝手葬」にしても、仏教につきまとっていた負のイメージから脱却出来たとしたら、それこそ望外の喜びというものである。

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