医学進歩の落とし穴
医療科学や治療技術の進歩は著しい。そのお陰で今まで絶望視されていた人たちに治癒の道が開けてきたし、生まれる前に死んでいた胎児が無事出産され、順調に成長するようになった。それに臓器の移植技術によって、今まで不治の重度疾患に光が当たってきた。
癌にしても、まだまだ難病のトップにあるが、それでもかなりの比率で虎口から脱出する人たちが確実に増えている。また手術での大きな傷跡を残すこともうんと減ってきているらしい。
SFじみるが、遺伝子操作によって万能細胞といわれるES胚幹細胞をつくり、それでヒトのあらゆる臓器までも作ってしまおうとしているし、クローン技術で、まったく同じ自分まで作ってしまうとなると、これはもう行き過ぎで、まさに「神の領域」への侵害以外のなにものではない。なにか歯止めの必要を痛感するばかりである。
ところが…、ところがである。これだけ医療科学が進化したというのに、いまだにまったくお手上げに近い病気があるのだ。それは「自己免疫性疾患」と呼ばれる、いわゆるアレルギー性の病気である、本来私たちの体内に侵入する病原体や異物を排除するための免疫機能が、こともあろうに自分の体に向かってその攻撃の矢を放つという困った病気が、現代医学でもほとんど手付かずのままで猛威を振るっているのである。
曰く「喘息・アトピー・花粉症・膠原病・パーキンソン氏病…」どこかわれわれ人類の医療理論が間違っているのかもしれない。
重症の喘息を経験した私も、そのもっともキツイ時期には、「なぜ宇宙船が月にとどく時代に…」とか「直るならば手足の一本くらいと交換してもいい」など、愚にもつかないことを真剣に考えたものだ。
あれからでももう四十年、確かに対症療法は進歩してきたものの、喘息はいまだに完治する病に至っていない。その他の病気については言わずもがなである。
おっと、ここでそんなグチを言うつもりではなかった。
実は私にとってもう一つ心ならずも通らなければなかった、医療進化の過程でどうにもならない問題が、いくつも存在することが忘れられようとしている。
その落とし穴の一つが、ちょっとした時間の違いで生じる、いわば「運の悪かった」微妙な食い違いである。たとえばその死が、ほんのわずかの差で助かったかも知れないという遺族にとってやりきれぬ思いもあるだろうし、その逆のケースもある。
一歩の違いが千歩の違い?
またそうした医療技術の恩恵にあずかることのできる先進国に生まれた人もいれば、そうした環境でも経済的理由で涙を飲む人たちだってあるだろう。むしろ発展途上の国々では、そんな事実も知らぬままいまだに多くの人が死んでいっている。加えて、フィリピンなどでは、生きたまま片方の腎臓を提供するという「貧者のビジネス」まで存在するという。
私が十九歳ちょっと前、昭和二十六年(1951)に肺結核になったことはすでに述べた。かつてこの病気は「不治の病」と呼ばれていた。私の時代になって、なんとか病巣を抑え込んだり、取り除いたりして治療するという外科療法が開発され、結局私も「 肺葉切除」 に加えて、肋骨を五本も切り取るという乱暴な手術を受けることで、なんとか死の縁から生還することになった。
ところが、それからしばらくしてこの病気の決定的な特効薬が発明され、以後手術は無用になり、日本から肺結核という病気がほとんど姿を消すという驚くべき事態が起きたのは、それ(私に手術)から、いくらも時が経っていなかった。もし私に特効薬が間に合っていたら——手術が必要でなく、ひょっとすると喘息も起きなかったのでは——という思いがある。その反面、私の場合もその特効薬のお陰でなんとか手術を受けられる状態に漕ぎ着けたというのも事実である。その時点では直ってしまうとまではわからなかったのである。
たとえば、命は取り止めても命の次に大切な乳房を失ってきた乳癌の女性が、いまではかなりの確率でその形を保ったままですむようになってきている。
その後私を悩まし続けてきた喘息は、この手術の後遺症だということもできる。この喘息についても、最近では「ステロイド吸入療法」という治療法が主体になってきた。 また呼吸が苦しいときに対症療法として使用する「気管支拡張剤吸入剤」がある。いまでも感謝しているのがこの吸入剤で、もしこれがなかったらと思うと、ゾッとするくらいである。新しい治療法では、この気管支拡張剤の吸入とステロイドの吸入をうまく組み合わせたものである。
それまでの飲用とか注射のように、全身にステロイドが行き渡るのではなく、定期的に肺と気管支重点にステロイドを送り込んで、炎症を抑え込もうという手法である。ここでもまたかなり早いうちに、私たちはこの吸入型ステロイドは知られていた。ところがその有効な使用法が分からなかったのである。だから発作を抑え込むために、どうしてもステロイド飲用を止められないのである。
この喘息やアトピーなど、アレルギー性疾患に劇的な効果を発揮するステロイドというのは、副腎皮質ホルモンのことである。なにかの理由でこの分泌が悪くなったとき、飲用とかひどい発作の時には注射のお世話になることになる。
さてコップの水だが、「もう半分になった」と嘆く人と、「まだ半分もある」という人がいる。同じ状況でも人によって真反対の反応を示すという例えだが、もし私がもっとはやく喘息になっていたら、逆にもっと遅くになっていたら、まったく違った結末を迎えていたことになる。本当に人の運命はわからないものだ。
言い替えれば、一歩早まれば死、一歩遅れるという医療技術と技術、不幸と幸運の狭間にあって、なんとか弱いながら生き続けられたという運命、ここは正直感謝して生きることにしたい。