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エアコン奉行
鍋奉行という言葉がある。何人かで鍋を囲む際に、具を入れたり味を加減したり、灰汁を取ったり、煮え加減とかちょうどよい食べ時などを差配する、いたって罪がない世話好きな人のことである。時には材料の特徴や産地など蘊蓄を披露することもあって、多分多くの方が経験されたことだろう。もし読者の中で「我こそは鍋奉行だ」という方がいらっしゃったらご免なさい。
弁解じみるが私は決して鍋奉行が悪いというのではなく、ただ本題の「エアコン奉行」に入るためのイントロとして持ち出しただけで別に他意あってのことではない。むしろ必要な役割だと大きく評価しているくらいである。ちなみに私は鍋奉行ではない。
さてエアコン奉行という言葉は私の造語だから、多分誰も知らないないはずだ。でも読んでいただくうちに、ひょっとして「ああ、そういえば…」と膝をたたく方も現れるのではと、ひそかに期待している。
エアコンといっても夏の冷房のことと思ってほしい。また奉行の活躍する条件として、比較的新しくて、たしかインバーター方式とかいう敏感で多機能なもの、そして夜が耐えがたいほど暑い家が必要となる。そしてもっとも大切な奉行になる資格だが、不眠症気味で暑さには滅法弱いという弱者でなければならない。少々暑くても平気で寝てしまうような豪の者は、間違ってもその資格はない。
わが家は、戦後の初期建築ブームに乗って泡沫のごとく現れて消えた、建築会社の持ち家だったものを、かつて私が勤めていた会社で買い取ったもので、今まで私が尽くした功績(ほんまかいな?)によって、終身社宅にしてもらっている築五十五年の鉄筋コンクリート造りである。
家賃は安い代り内部や外装のメンテナンスは、何から何まで一切当方持ちで、バス・トイレ・キッチンは2度も取りかえたし、狭い2部屋を1部屋にしたりしてほとんど外壁・内壁の塗り替えや床の張替など、なにやかやで家一軒は充分建つくらい投資したものだが、結局外壁に断熱剤を使うというところまでは手と金が回らなかったものである。
この建物自体、多分工事をちょろまかして浮かしたセメントを、たっぷり使ったものだから堅牢そのものだが、こいつが温まれば冷えにくいし冷えれば温まりにくいという、棲む者に取って、冬はまだしも夏にはどうにも始末におえない代物なのだ。特に最近、どうもこれはやはり温暖化の進行のせいかますます暑くなっていること、それに加えて年々体力が落ちていることもあって、階段を寝室にしているが、途中から文字通り段々と暑い空気が身体に纏わりつく。
以前はそんなことはなかったのに、最近の不眠症で、寝付きが悪くて睡眠が浅く(別の項でお話するが)その上夜頻尿に悩まされてしょっちゅう目が覚める。こうした条件が 「エアコン奉行」を生むことになった。
ご存じのように今のエアコンは、ジンジンと冷え込むようなものはない代わりに、「風量・吹き出す角度からスイング機能・お休みタイム・入りや切りの自動タイマー・温度設定・ドライ機能などなど至れり尽くせり、痒いところに手が届くという代物なのだ。
ところが弱者にとってはこの多機能が曲者なのである。なにしろ一度きざみの温度数値や強・中・弱・自動という風量がすべてディジタルなため、コンマ以下の中間の設定が出ない。そこで夜中じゅうリモコン片手に悪戦苦闘することになる。
たとえば一度温度を下げて寒ければ風量を落す、風量がちょっと強ければ温度で調節するなど、それもスタンドをつけると眠れなくなるので、暗闇でリモコンの丸いの角いの幾つもあるキーを操作することになる。
夕方ピークになった室温も夜中の間に幾らかは下がってくるため、結局少なくても一晩に数回繰り返すのだ。当然キーを間違って、しかたなくスタンドを付けたりすると、今度はまた朝方まで目がパッチリして、ついつい朝の九時すぎまで寝込むことになる。
隣ではこちらの苦労をなにもしらないカミさんが、のんびりと寝ているのだから、まさに「エアコン奉行冥利につきる至福の時」ならぬ「悪戦苦闘の時」なのである。だからカミさんは、私のそうした苦労を知らない上、説明しても一向に信じない。
ところがそこに強力な理解者というか同憂の士が現れた。日経新聞に作家出久根達郎さんのコラム「レターの三枚目」があるが、そこで(平成14年)7月の終わりころだったか、やはり私と同じようにエアコンと悪戦苦闘される様子が生々しく書かれてある。多少わが家と違うのは窓を開けたり占めたりされることくらいだが、「我が意を得たり」とばかりカミさんに読ませて、いささか溜飲を下げた次第である。
あれから時は経ってもう(平成14年の)年の瀬、わが家の寝室の夜の気温は摂氏8〜9度を示すことがある。この頃の弱い日差しでは部屋の温度を上げることは出来ない。寒がりの私にとって腹巻はもちろん年中だが、それに麻の首巻きをして電気マットを敷き、湯タンポを入れてカミさんが通販で買ってくれた、肩の部分にカイ巻きのようなものを羽織る重装備でベッドに入る。エアコンは朝起きるときに入れるだけである。
もちろん顔はそのままである。よく寒いて震えていたら、先生や先輩に「身体中顔だと思え!」と喝を入れられたものだが、夏に比べて20度以上の温度差である。それにしても顔の環境適応能力には、我ながら驚嘆するばかりである。
皆さんそう思いませんか?

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