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中村 忠之の最新プロファイル 【 MENU 】 ◎ 中村 忠之の履歴概要 ◎ 中村 忠之の自分勝手プロファイル ◎ 中村の“ 信条 モットー スローガン ” ◎ わが縄文キャッスル その名を《電脳・音響・乱雑空間》と呼ぶ! ◎ 我が電脳空間、カクテル・スペースと化す!? ◎ 中村 忠之の著書 中村 忠之の履歴概要
中村 忠之の自分勝手プロファイル
《 中村の “信条 モットー スローガン 》 『座右の銘』などという洒落たものには無縁だが、それでも頑なに思い込んでいる持論がある。 思いつくままにいくつか挙げてみたい。 1.何事にも「偶然」はない。すべて「必然」である 人様がなんと言おうと、そう思い込んでいるだけである。 2.コップの水!? 悲観的なひとは「もうコップには半分しかない」と嘆き、楽天的な人は「まだコップには半分も水が残っている」という。 同じ事柄でも、考え方・ものの捉まえ方で正反対になるという教訓だが、出来れば楽観的に生きたいものだ。 “ コップの水もう半分? まだ半分? ” 参照下さい。 ⇒ http://joumon-juku.com/mandara/2_04.html 3.『日本の常識 世界の非常識!?』 通常脳天気で騙されやすい日本人の性状が、世界では通用しないという意味で使われているが、本当のところは、騙す方の世界の方が<非常識=性悪説>であって、正直者の日本人の方が正しくて<常識的=性善説>であるという考えの方が絶対に正しい。 とは言っても、自分たちが「平和憲法 第9条」を守っているのだから、よその国は絶対に攻めてこないなどと言って憚らないのは、{常識を逸脱した」余程のバカである。 4.頭の老化防止に有効? 中村式思考形態 (1)まず何事にも好奇心をを持つ 「なんでも知ってやろう!」「なににでも興味を抱こう!」というダボハゼ型好奇心・発想がこそが、思考の硬直化を防いでくれる。 (2)柔軟性を忘れない 「思い込み」は大禁物。「過ちは素直に認めよう!」、年齢に関係なく「新しいことチャレンジ!」してみよう。 (3)“ 雑学が日本を救う!? ” 日本には、自ら垣根を作って閉じこもってしまう専門バカが多すぎる。新しい学問や知識は「学際の壁」をクロス・オーヴァーしたところから誕生する。 「雑学」と言っても、テレビでやっているようなものではない。私はわが雑学スタイルを、「アメーバ型雑学」と称している。ある場所に飛び込んでみて、そこで見つけた新しい興味対象に、気楽に移動してしまうタイプなのである。 5.日本人に欠けた3つの課題 日本人に欠けているのが、以下3つの課題である。 (1)常識(特にマスコミ報道・記事)は、まず疑って掛かれ! (2)比較という視点・視座で考えよう (3)自分の頭で考えよう! ある学校で、先生が子供たちに向かって、 「地球が丸いという理由を、3つほど挙げなさい」 と言ったところ、すぐに一人の生徒が手を上げで答えた。 「テレビでそう言っていた。 図鑑に出ていた。 みんながそう言っている」 これは唐津一先生の文章で見つけて、ついつい嗤ってしまったのだが、 あとになって考え込んでしまった。 さて皆さん、あなたはすんなりと嗤えますか? 6.データ(Data)から智慧への道程 (1)データの収集・比較・検討 ↓ (2)情報(Information)の収集・比較・検討→結論 ↓ (3)知識(Intelligence)の収集・比較・検討→結論 ↓ (4)知恵(KnoWledge)の収集・比較・検討→結論 ↓ (5)智恵(Wisdom) (以上が頭脳からのアプローチの道程である) なおチエには以上の3つがあり、頭脳からのアプローチからではなく、 7.真の『智慧』を持つために〜 感謝の気持ち 気配り/気遣い/気働き 年齢に関係なく優れた人を尊敬する 常に謙譲心を忘れない 我執を持たず足るを知る 身の程をわきまえる 常に心に笑顔を忘れない そうした心の持ち様から生まれるのが、真の『智慧』ではないか。 (なお、英語が適切かどうかは心許ない。ご教示を乞う) 8.“ 知って死んだ方が「死に顔」くらいは良い! ” この歳になっても知らぬことばかりである。 「折角神様から与えられたの人生、生きている間は少しでも知識・智恵を深めた方が、死にご顔くらいは安らかではないだろうか」 という意味である。 これは(多分口卑しいことをたしなめられた時の一種の口答えだと思うが)広島地方の俚言(りげん)である、 “ 喰(く)うて死んだら 色目ないとええ! ” <意訳?!『(腹一杯)食べていると、死んだときの顔色くらいはいい!』のパクリである> 「いくら勉強しても、死んでしまえばそれまでで、すべて無に帰するではないか?」という意見への、儚い?抵抗である。 9.目にはウロコが無数にある! これも私の持論である。いささか遅きに死失したが、最初に落とした「ウロコ」は、肺結核からなんとか生還して、復学した際、経済史学の高木教授から教わって初めて知った「(畑作のムギに較べて格段に優れた)コメ(水田稲作)の素晴らしさ」である。 「コメを食べるとバカになる!」 これがいわば今に継続されている学校パン給食の始まりだが、アメリカ発の謀略と、木っ端御用学者の存在を知った最初である。 以降わが眼(まなこ)から落としたウロコ数知れず。この歳になっても依然としてウロコを落とし続けている。 そのせいで、ちょっと歩く度に足もとでバリバリとウロコの音が鳴り止まない。 【わが縄文キャッスル その名を《電脳・音響・乱雑空間》と呼ぶ!】
【 我が電脳空間、カクテル・スペースと化す!? 】 わが (友人=旧制中学時代)の仲間、といってもその時代ほとんど交友のなかった友も多い。ただ一人を除いて、年甲斐もなく(大なり小なり)ネット人種である。 昭和6年(1931年)生まれだから、現平成21年(2009年)時点で、満77〜78歳。荒谷君が『縄文塾通信』に“ 思い出の洋酒 ”というエッセーを披露したことが契機で本会がスタートした。 どうもみんな楽しみにしている様子なので、当方がくたばるまで続きそうだ。
***** 中村 忠之の著書 *****
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