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竪穴住居とは−2
実に江戸時代まで(ほんとかいな?)われわれの先祖たちが棲み続けた「竪穴住居」、いったいなぜそんなにも続いたのでしょうか?
我々が推理できる理由はそんなに多くありません。例えば、
1.棲み心地がよかった
2.建築が容易で、簡便(安い・早い・材料が入手しやすい)
だったくらいですが、前項では冬にとても寒かったという実験結果もあります。
では簡便だったか?といえば、いろんな学者先生のご意見で、部落総動員(といっても10〜20名程度ですが)掛かって約1ヶ月要するとなると、果たして簡便かどうか。ただ言えることは、そうした作業一つとっても、当時の人たちには大変だったとすれば、特に大きな柱がいらないことは、とても有利だったことは確かでしょう。今まで各地の遺跡で復元された、竪穴住居を見ると、地上部分がかなり急勾配の屋根形状です。本当にそうだったのか神のみぞ知る、という感じもしますが、コンピュータグラフィックを利用して、平安京などの復元に取り組んでいる大林組のプロジェクトチームは、中2階スタイルだったのではという仮説を出しています。
ただ下手をすると、いろりの火で火事になりやすいという心配もあり、私はベット兼ソファの部分だけが中2階だったのではと思っています。
また、麻くらいしかなかった縄文時代、当時の人は本当に寒さに強かったのだろうということは想像できます。案外布団代わりに、沢山の枯れ葉を敷き詰めてそれにすっぽりくるまって寝たのでしょうか。
木や竹などはほとんど証拠として残らないので、正確なことは不明ですが、考えてみればその分自由で柔軟な発想で好き勝手なことを言えるという利点もあります。
ただ机上の空論ではなく、実際に自分の体験や、そうした環境を想定してのシミュレーションが大切ではないでしょうか。